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"朝活"という言葉がキライ

"朝活"
朝の時間を使って活動すること。
特に、趣味やスキルアップのために有意義に時間を使うこと。

素晴らしい行動ですよね。早起きして勉強や趣味に打ち込むことが流行しているというのですから、純粋に喜ばしいことだと思います。メリットとしても、生活リズムが整う・生産性が高い・1日の充実感が増すといった多くのことがあるようです。僕自身、朝起きてからそれこそ資格勉強をしたり読書をしたりしています。

ただ
行動自体は素晴らしいと思いますが"朝活"という言葉はキライです。

ほとんどの…というか全ての理由が僕の偏見なので、「よくわからんやつがなんかホザいてらぁ」くらいの気持ちで読んでいただけると嬉しいです(笑)


どうしても意識高い系の言葉に見えてしまう

上記の通り、行動自体は素晴らしい。でも、どうしても"意識高い系の自分に酔っている感じ"が見えてしまうのが最大の理由です。実際、今まで夜にやっていた勉強etcをただ朝にやっている、もしくは朝もやっているだけだと思うんです。何かすごい結果が出たわけでも、極度に難しいことをやっているわけでもありません。ただ朝に活動しているだけ。そう、普通のことなんですよ。もちろん人によっては「早起きが苦手で一生懸命やっている!特別なことだ!」とは言われるかもしれません。が、やろうと思えば誰にでもできますよね。そういう意味で普通のことだと思っています。

それを、なぜか分かりませんが、"朝活"などという名前をつけて、さも特別なことをしているかのように語る風潮ができあがりました。そのせいか「俺は朝活をやってるぜ!!」なんて自慢しだす人もいるのではないでしょうか。その「(普通のことなのに)特別な行動をしている自分はすごい。お前らとは違う。ワンランク上の人間だ。」感がすごくキライなんです。そういう意味では"朝活"に特別感を与えてしまったこと自体が嫌なんでしょうね。

"朝活"してると思われることへの嫌悪感

何事もそうだとは思いますが、続けることにこそ意味があります。朝に行動を起こすことも習慣にしてこそ結果につながってくるでしょう。

ほぼ全ての方が、何日も、何ヶ月も、何年も続けている朝ごはんを食べるという行動。これはなんでもない"習慣"ですよね。当たり前に日常に溶け込んでいる普通のことです。それに"朝食活動"(ネーミングセンスはほっといてください)なんて名前をつけて特別感を出そうなんて誰も思いません。それで「俺は毎日朝ごはんを食べている!すごいことをしている!ドヤ!!」なんて言われたら、誰もが強烈な失笑を食らわせるはずです。

"朝活"なんて特別感を出されなくてもやってることなんですよ。それなのにこんな風潮があるから「お、朝活やってるんだ!いいね〜、意識高いね〜」と変な見方を受けることもあります。思わず「いやいや、"朝活"をやろうと思ってやってるんじゃなくて、普通に朝行動していただけですけど?」と言いたくなるんです。勝手に世間の価値観に合わせられる感覚は耐えられません。意味づけは自分でやりたいんです。

「朝に行動してる」と言わなければいいだけ

朝活の歴史をみると2008年くらいから使われ始めたそうです。きっと複数人が朝集まって行動をするために、コミュニティetcをわかりやすく表現する手段として使われたのでしょう。その後、マスコミさんやベストセラー書籍の影響でいろんな意味づけがなされた結果、なんとなく意識高い系の人が使う言葉へと変わっていったのだと思います。

結果として"朝活"という言葉は浸透していますし、朝に勉強etcをしていたら「"朝活"してる」と言いたくなる気持ちもわかります。"朝活"の浸透のおかげで、朝に行動を起こすことを始めた方も多いでしょう。僕もそうかもしれません。そういった恩恵には感謝します。

そういう内容を話すこと自体、そういう発信をSNSでしている人自体から離れていくようにすることで対処していきます。

イライラを我慢しないようにね!