魔法の水
人 物
風間美香(29)主婦
風間利久(31)美香の夫
風間京子(52)美香の姑
大貫沙知代(42)風間の上司
権田羽良(51)京子のライバル
スーパー店員(35)
○スーパーテヘペロ店内(夕)
風間京子(52)と風間美香(29)とがパンコーナー物色している。
スーパーの店内放送が流れる。
店員の声「さあ、まもなくタイムセールが始まります。今日は鮭の切り身ワンパック5切れ入りでなんと100円、100円です。さあ、皆様鮮魚売り場へお急ぎ下さい」
美香「お母様」
京子「急ぎましょう、美香さん」
京子と美香は鮮魚売り場に行く。10人以上集まっている。その中に権田羽良(51)が立っている。羽良と京子の目が合い、羽良、ニヤッとする。
店員「さあ、限定20パックお一人様2パックまでタイムセール開始です」
美香「お母様、美香、行っきまーす」
京子「ええ、美香さん、まずは右よ、右から攻めて、そして中に切れ込んで、そうよその調子よ、マックスゲットよ」
4パック持って人混みから出てくる美香。1パック握りしめて、恨めしそうに京子を見る羽良。
○道路(帰り道)(夕)
京子と美香が歩いている。
美香「今日もしっかりとマックスの4つゲットできましたね」
京子「4つ?あなた4パックも買ったの?」
美香「ええ、4つ買いましたよ」
京子「4つって、1パックに5切れ入っているから全部で20切れじゃない?」
美香「だって、お母様がマックスゲットって」
京子「いやいやいや、そうじゃないでしょう?マックスって、うちにおいてのマックスでしょう?うちは3人なんだから、10切れもあれば1週間もつじゃない、20切れじゃ腐らせてしまうわよ」
美香「いえいえいえ、今は冷凍できますから」
京子「冷凍庫がいっぱいになるじゃない」
美香「冷蔵庫大きいから大丈夫ですって」
京子「他にもいろいろ入れなきゃいけないものあるでしょう? 他のものが入らなくなって、ほんとに気が利かないんだから」
美香「そんな、お母さんがマックスって言うからでしょう?それなら2パックって言えば良かったじゃないですか」
京子「なーに?私のせいにするの?」
互いに罵り合いながら歩く2人。
○風間家玄関(夕)
玄関の鍵が開く。風間利久(31)が玄関にやって来て、
風間「おかえり、今日は大変だったんだよぉ」
京子と美香は玄関から入ってきて、
京子・美香「うるさい、それどころじゃない」
○風間家ダイニング(夜)
風間、京子、美香の3人で、黙々と誰も口を聞くことなく食事をとる。
風間が2人を交互に見ながら、
風間「ねえ、何かあったの?」
京子・美香は無言で食べている。風間、2人の顔を交互に見ながら食事をとる。
× × ×
風呂上がりの風間が一人でコーラを飲んでいる。美香、キッチンで洗い物をしているが、風間を見て、
美香「ねえ、トシ、聞いてよぉ、お母さんったら何が悪いことがあるとみんな私のせいにするんだよ」
風間「なーに、何があったの?」
京子「タイムセールでぇ、私がお母さんの指示通りに鮭のパック取ったら、取りすぎだって、すごい責めるんだよ、ひどくない?」
風間「そぉお、あ、でもさ、母さんも悪気あったわけじゃないと思うし、美香も一言謝ればよかったんじゃないの」
美香「え、ナニ?私が悪いって言うの?」
風間「あ、いやそうじゃないけどね」
美香「なによ、いいわよ、あなたは結局いつもそうやってお母さんの肩を持つのよね」
風間「あ、いや、ミカァ」
美香、ダイニングを出ていく。
○風間の会社のオフィス(昼)
風間のところに大貫沙知代(42)がやってきて、
沙知代「風間くん、今日なんか元気ないね」
風間「はぁ、ちょっとプライベートで」
沙知代「あ、言えないようなこと?」
風間「いえ、そんなことはないですけど」
沙知代「じゃ、話してみれば? 楽になるよ」
風間「そうですか? 母と嫁がこの間二人してスーパーに買物に行ったんですけど喧嘩して帰ってきて、愚痴られて」
沙知代「うん、うん、って聞いてあげた?」
風間「いや、ちょっと諭したんですけど」
沙知代「すねた? 奥さん」
風間「何でわかるんです?」
沙知代「女はね共感して欲しいだけなのよ」
風間「そういうもんですか?」
沙知代「こじれちゃうとなぁ、大変だよね。あ、そうだ、なにか小瓶ある?」
風間「あ、クリップ入ってたのでよければ」
沙知代「それでいい、それよく洗って、中に水をね」
沙知代は風間に耳打ち。頷く風間。
○風間家ダイニング(夜)
美香、キッチンで洗い物をしている。風間、京子がいないことを確認し、美香に、両手の人差し指でばつ印を作り、
風間「まだ、母さんとこれ?」
無言の美香、
風間「実はさ、大貫課長知ってるだろ? あの人から前にこれもらってたの思い出して」
風間、美香に小瓶を差し出す。
風間「この小瓶に入っているのは、相手の言うことが何でもいいことに聞こえるという薬で、客先で激怒されて凹んでたときに課長にもらったんだ」
美香「そんなものあるわけないでしょ。聞いたことないし」
風間「ほんとだって、特別な処方箋がないと出してくれない薬なんだってさ。だから、知らないのは当然だよ」
美香「ほんとに効くの?」
風間「ああ、効くらしいよ。おれはさ、ほら美香が優しいからさ、使わずに済んだけど。美香は大変だからどうかと思って」
風間、美香の目をじっと見て、
風間「でもね、この薬を使うと神経に悪い影響が出て耳が聞こえなくなることもあるらしいから使うのは最後にしろって言われた」
美香「それじゃ、劇薬じゃない、そんなの自分の奥さんに使わせる?」
風間「いや、だから、これは最後の手段として取っておいて、母さんの話は軽く受け流せばどうかと思ってね?」
美香「はあ?」
風間「いざとなったら薬があると思うと気が楽じゃないかなって」
美香、深くため息を付いて
美香「そんなもの必要ないけど、トシがそんなに言うならもらっとく」
○風間家ダイニング
T「3日後」
京子、ダイニングに座り、美香、キッチンで作業している。
京子「ねぇ、お茶まだなの?」
美香「今、いれてますから」
京子「ほんとに遅いわね、買い物はできない、お茶も入れられないんじゃほんとになんの取り柄もないじゃない」
美香、俯いて、ブルブルと震える。ポケットに手を入れ、小瓶を取り出す。
京子「だいたいね、人の話をちゃんと聞いてないんじゃあないの?あ、耳も悪いのね」
美香、下を向いたまま目を見開き、小瓶の蓋を開け、自分の湯呑みに向けて水を入れようとするが、手を止める。
京子の湯呑みに数滴垂らす美香。
美香、湯呑みを京子に持っていく。
美香、硬い表情で、京子に湯呑を差し出す。美香、その手が震える。
京子、美香の顔と手を見て、一瞬驚くも優しく微笑み、
京子「ありがとう」
京子の顔を見て一瞬緩んだ表情をした後、ハッとした表情をする美香。
京子、湯呑みに手をかけようとする。
美香、京子の手を払い湯呑を自分の方に倒す。びっくりして美香を見る京子。
美香、泣きながら、
美香「お母さん、ごめんなさい。ごめんなさい」
泣き崩れる美香。
美香を見てびっくりする京子。
京子「そんないいのよ、美香さん。私も言い過ぎた、ね、そんな泣かないで。私も悪かったんだから、ね、鮭買いすぎたくらいで」
美香、泣き崩れ、京子、美香の背中を擦る。
〇風間家ダイニング(朝)
風間と美香が食事しているところへ京子がやってくる。美香、ニコニコして
美香「お母さん、おはようございます。テヘペロの広告見ました?豚肉の味噌漬けです。絶対マックスゲットしましょ、お母さん」
京子「美香さん、私の好物だから?」
美「当然ですぅ、お母さん」
京子「美香さぁん」
ニコニコして二人を見る風間
○風間家玄関(朝)
出ようとする風間に小瓶を返す美香。
美香「ありがとう、これ返すね」
風間「役に立った?」
美香「うん、結局使わなかったけどね」
風間「そう、使わなかったんだ」
美香「だって、それ使うと、私とお母さんとの仲に水差されそうじゃない」(了)
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?