「将来海外でプレーしたければ、大学経由では遅い」は本当か?
近年のJリーグにおいて、大卒選手の活躍ぶりが目覚ましい。伊東純也、守田英正、坂元達裕、古橋亨梧。彼らは大学出身選手の代表格として日本代表でもプレーした。さらには、三笘薫のように推定300万ユーロ(約4億円)もの移籍金をクラブに残して海外に旅立とうとする大卒選手すら現れた。(※報道ベース)
このような背景から、Jクラブが大学生のスカウティングに注ぐ力の入れようは、上昇の一途をたどっている。私が在籍するクラブもその例に漏れない。
だからこそ、よく言われる「海外でプレーするには、大学経由では遅い」という通例に疑問を抱いている。この主張は正しくもあり間違いでもある。私にとっての違和感の正体は、選手の置かれた状況が十分に場合分けされず、一緒くたに「遅い」と言われてしまう事実にある。
「将来海外でプレーしたければ、大学経由では遅い」は本当か?個人的な考えをまとめたい。
前提・定義
論を進める前に、3つの前提条件を整理する。
Ⅰ:海外クラブから見た移籍の位置づけ
1. 育成枠(目安:~20歳)
加入1-2年後に試合に関わることを見据え、有望株として投資
2. 主力枠(目安:~25歳)
加入初年度から試合で活躍することを期待
全ての選手が目指しているのは、当然「主力枠」でプレーすることだろう。
Ⅱ:高校3年生時点での選手としての立ち位置
1. 世代別代表主力
各世代別の代表として世界大会に出場するレベル
2. J昇格/内定有力
世代別代表主力ではないが、Jクラブが迷いなくオファーできるレベル
3. J昇格/内定当落線上
世代別代表主力ではなく、かつ、Jクラブが高卒でのオファーを迷うレベル
Ⅲ:海外クラブに移籍するためのKey Factor
海外クラブに引き抜かれる確率は、簡単に言うと量と質。つまり、
「国際大会での露出(量)+海外クラブが求める水準のプレーを継続的に実行(質)」
当然、世界大会に出れば、海外クラブのスカウトの目に留まる機会が増え、チャンスの総数は増加する。
そして、「Ⅰ:移籍の位置づけ」ごとに、その実現のために必要となる要素は異なる。
・育成枠での移籍:
世代別世界大会での経験(量)、または、Jクラブに加入後1-3年間で準レギュラー格として継続的にプレー(質)
・主力枠での移籍:
フル代表での経験(量)、または、Jクラブに加入後1-3年間でレギュラー格として継続的にプレー(質)
当然、量と質の両方が伴えば、その分海外移籍の可能性は高まるが、量または質だけであってもチャンスがないわけではない。
本論
上記を前提に、「Ⅱ:選手としての立ち位置」ごとに、海外でプレーするまでのキャリアステップを想定し、大学経由が本当に遅いのかについて考えたい。
①世代別代表主力
こと彼らに関しては、大学を経由することは遅いと言わざるを得ない。なぜなら、世界大会に出場していることで、育成枠として海外クラブが獲得に動く可能性がより高いからである。Jクラブに加入してから出場機会が皆無なようであれば難しいが、完全なるレギュラー格でなくとも、海外クラブが育成枠とみなしオファーするケースはある。ただし、そのためには年齢が重要。若ければ若いほどよい。18,19歳がそのピークだろう。だからこそ、育成枠での海外移籍を目指すのであれば、大学経由では遅い。(ただし、次の②に述べる主力枠での海外移籍を見据えるのであれば、大学経由でも遅くない)
この世代のキャリアステップのパターンとして現実的なのは、世界大会を経験して育成枠で海外移籍する(図示A)、または、世界大会を経験してJクラブで1-3年レギュラーを張った選手であれば、いきなり主力枠でオファーが届くかもしれない(図示B)。
一方で、批判を恐れずに率直に述べると、このパターンで海外移籍を勝ち取るのは、エリート中のエリートのみに限られた狭き門である現実から目を背けてはいけない。したがって、大多数の選手は、次のパターンで海外移籍を目指すことが現実的な選択肢となる。
②J昇格/内定有力、または、当落線上
世代別代表には選ばれず、世界大会でそのプレーを海外に披露できていない選手は、まずは、所属クラブでその価値を表現するよりほかない。その場合、選手がまず乗り越えなくてはならないハードルは、Jリーグでの出場機会である。そのため、海外移籍を勝ち取るために必要な条件は下記となる。
・高卒加入後1-3年目までにレギュラー格として継続的にプレーする
・大卒加入後1-3年目までにレギュラー格として継続的にプレーする
この世代のキャリアステップのパターンとして現実的なのは、高卒1-3年または大卒1-3年でレギュラー格になり主力枠で海外移籍すること(図示C)だろう。当然、フル代表に選ばれれば、その現実味は指数関数的に上昇する。
この場合、「大学経由が遅い」というのは果たして事実なのだろうか。個人的には、答えは「否」と考える。
「Ⅱ-2. J昇格/内定有力」クラスの選手ですら、高卒3年目までにJクラブで結果を残すのは並大抵のことではない。特に今季(2021シーズン)は、降格チームが各カテゴリーに4つという異例のレギュレーションが、その潮流を加速させている。「Ⅱ-3. J昇格/内定当落線上」クラスの選手も言わずもがな同様である。その理由は、サッカー競技人口の増加、Jリーグ全体の競技レベルの向上、プレーを続けられる選手の平均年齢(いわゆる選手寿命)の上昇、アジアやアフリカを中心とする新たなマーケットからの選手流入(これまではブラジルが中心)の増加など複合的であるが、いずれにせよ、高卒世代の選手が、加入直後に数年間コンスタントに出場できるような限られた枠をめぐる競争は、年々激化している。
およそ18歳から23歳までの5年間で、若手選手が試合に出られる環境をどれほど用意してあげられるかという課題は、JFA始め、各Jクラブの強化担当、現場、全員が頭を悩ませている。その事実が、継続的なプレー機会を得ることの難しさを物語っている。
このパターンの選手にとっては、そもそも育成枠ではなく主力枠での海外移籍を目指すことが現実的であることをぶらしてはいけない。つまり、25歳前後までにJクラブで主力を張り、願わくは日本代表としてプレーすることをマイルストーンとして明確にすることが重要である。そこに至る道筋は選手個々によって異なる。当然、高卒1年目から所属クラブでレギュラー格になれれば最短で海外移籍を勝ち取れる可能性は高まるが、その難しさ・一握りの人材のためのチャンスであることを考慮すると、一度カテゴリーを落としたチームでプレーする、または、大学でプレーする、などの選択をした方が良い場合もある。どの道筋を進もうと、結果として25歳前後までにJクラブ(特にJ1クラブ)で主力を張れれば、誰にだって海外への道は拓け得る。つまり結論として、大学経由であっても遅くはない。
25歳であろうと28歳であろうと、一度海外に出て自らの価値を発揮してしまえば、もはや年齢はほぼ関係ない。なぜなら、わずか1年間でも半年間でも、目覚ましい活躍ができれば、上位チーム、ひいてはCL級のメガクラブに引き抜かれるチャンスがあるから。極めて稀有ではあるが、長友佑都がチェゼーナからインテルに半年間でステップアップした例もある。このステージに立てば、あとは年齢ではなく実力の問題。だからこそ、最優先すべきは、25歳前後までに海外クラブから主力枠のオファーをもらえるよう、18歳以降の期間でより多くの試合経験を積むことである。
終わりに
フットボールの現場で日々仕事をする中で思うことは、とにかくプロを目指す少年たち、もしくは海外を目指す若手選手たちには、どうか「キャリアを生き急がないで欲しい」ということ。例えば、「ユースの頃から戦っていた選手が海外に移籍した」、もちろんはやる気持ちが先行してしまう心は十分に理解できる。しかし、そのような中だからこそ、一旦心を整え、先輩、両親、クラブの監督コーチ、強化部、代理人、様々な大人に相談してみて、自分を客観的に見つめてほしい。地に足ついたキャリアを歩むこと、例えば、カテゴリーが1つ下のチームに期限付き移籍することも、大学でプレーする道を選ぶことも、決して遠回りではない。むしろ、自分の成長にとって最適な進路であれば、海外移籍への近道にだってなり得る。それは冒頭に名前を挙げた数多くの先輩が、自らのキャリアをもって証明してくれている。