自主性を養うこと、促すこと
131日目
こればかりは教わってどうこうではない。
分かりやすいレシピがあるわけでもない。
自らが自主性を育んでいくしかない。
ただ、
育むのはもちろん自らが行なっていくべきことだが、
育んでいけるように、
第三者が促すということも時には大切な気がしている。
全て1人で気付き、育むことも出来たらもはや他人はいらない。
他人がいるから気付き、育みが必要になる。
補助輪のように手厚くサポートするのではなく、
自主性を育くみやすくさせるための環境になっているかどうかを整えること。
これは自分たちの環境が今どういう環境下になっているのかを客観的に見る能力が必要となる。
自主性を身につけなさいと伝えることは簡単であるが、
果たしてその自主性が、身につきやすい、身につけられる環境なのか?と向き合っている場所も実は少ないように感じる。
双方にという一括りでまとめられるものではないが、
自主性を養うことの大切さを理解させる。促す。
そして、
各々が自主性と向き合っていく。養っていく。
という、
このような構図を作っていかないと、天然記念物のようなごく稀にいる存在が現れるのを待つしかない。
お互いがどちらを望むのか。
自主性論について。
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