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ゆうさんの野球人生
高校野球指導10年目を迎えたためこれまでの苦労や成功、工夫を綴っていきます。まずは導入として、自身のキャリアをここに示します。
ゆうさんの野球人生
「32歳、高校野球指導10年目」
この肩書きだけを見ると、経験豊富な野球人のように見えます。しかし、実際の道のりは、夢・希望、怠慢、挫折、負けっぱなし、たまに小さな成功のといった野球人生でした。このブログでは、私の歩んできた野球人生を振り返りながら、高校野球指導の現場での経験や得たものや感謝を書き記したいと思います。初回の今回は、自己紹介を交えて私のこれまでのキャリアをお話しします。
挫折と挑戦のスタートライン
私は1992年、国立市で生まれました。野球との最初の出会いは兄の影響で、地元の国立リトルにキャッチャーとして入団したときです。そこからは、キャプテンを務めた国立シニア時代、高校最後の夏に西東京ベスト8を経験した桜美林高校時代、そして大学野球への挑戦と続きます。
ただ、大学時代には初めて大きな挫折を味わいました。楽しい野球生活を想像して入った大学野球部。しかし、その練習とトレーニングの厳しさに耐え切れず、短期留学を理由に退部するという苦い選択をしました。この挫折は「本当に野球が好きだったのか?」と自問自答するきっかけになり、後の指導者としての原点でもあります。
指導者としての第一歩
大学卒業後、私は半導体商社に就職しました。野球とは無縁の生活になるかと思いきや、2015年12月、縁あって工業系の高校野球部の指導を始めることになりました。まだ社会人1年目、経験も浅く、選手たちにどう接すればいいのか全くわからないままスタートしましたが、「また野球に携わりたい」という想いで一歩ずつ進むことにしました。
現在のゆうさん
今では高校野球指導も10年目に突入しましたが、その傍らで大学職員として働き、オンラインスクール事業にも携わっています。一見すると野球とは関係のないように見えるこれらの仕事も、選手たちへの指導や彼らの未来を考える上で大いに役立っています。
これから伝えたいこと
このブログでは、私が10年間の指導で直面した困難、そこから得た気づき、感謝、そして選手たちと共に掴んだ小さな成功を余すところなく書き記していきたいと思います。自分自身の失敗も含め、指導者としてどう成長してきたのか、そしてこれからの挑戦を、ぜひ一緒に見届けてください。
次回は、「なぜ私は指導者を続けているのか?」について掘り下げてお話しします。