夢が叶ったから夢のような生活が送れる訳ではない
今年もあと後わずか、振り返ると念願の離島への移住を果たして半年になる。
過去の投稿にも書きましたが、移住したいと思って12年、ようやくひとつの夢が叶った!
今年の前半は移住への準備を進めつつ、5月まではガッツリ仕事をしていた。移住への準備を本格的に始めたのは6月に入ってからでしょう。
受け入れ先では住宅もきちんと準備してもらっているのに、引越しの日取りはなかなか決められない。
同居していた家族の環境整備なども含めてよくぞここまで来れたと改めて思う。
6月の終わりに引っ越して7月から仕事を始める。自分はなんて恵まれているのだろうと改めて思った。
移住の前から受け入れ先は生活に関する事などいろいろ気にかけて下さったり、何より今年は移住同期がすでに6人来島していた。本当に心強かった。
仕事の中身は同じと言っては失礼かもしれないが、全国どこに行っても私は仕事に対しては同じ気持ちと絶対に自己満足にならない仕事をしたいと思っている。
「まわりが自分と関わって楽しくて心地よいと感じてもらう」
これに尽きると言ってもよい。
変えるとか新しい風とか言われる事もあるけどそういったものはクソ食らえです。
福祉のしごとをしていて、福祉のうんちくをここで語ると収拾がつかないので、過去の「福祉」に関する投稿を読んでいただくとありがたいです。
何よりも新参者の50代の私を受け入れてくれるこの島とこの島の人達と移住してきた仲間の暖かさはきっと日本一ではないかと思う。
今回が初めての移住やから比較する事もできないから知らんけど(笑)
移住者向けの町有住宅は破格の家賃、これは住宅によってだがウチはオール電化なので本当に便利。
ネットも高速で、コンビニやファストフードのお店がなくても、離島でも最短翌日で届く便利さ。
夜になれば満点の星空が待ってる。
これ以上何を望めばよいのか?
バラ色の生活が待っているのか?
夢のような生活なのか?
いきなり地球的規模のような事を言ってしまうが、夜寝る前にあったかいお布団の中で、細かい事を気にせず良いことも悪いことも起こるかもしれないけど、世界も自分も今とこれからが心穏やかに過ごせる事を願える自分を幸せだと思っている。
およそ30年前、ちょうど日付が変わって1月17日に変わった時に、友人の結婚式と二次会から帰宅してホッとして眠ったと思ったら、突然自宅に何かが突っ込んだような激しい揺れに見舞われた。
もうあんな日は二度と訪れてほしくないが、この震災に限らずあらゆる災害によって犠牲に遭われたり亡くなられた方には本当に失礼ですが、あの震災がなければ、なんでも他人事に考えて今よりももっとわがままで、今回の移住のプロセスでも誰にも助けてもらえない人間になってたと思う。
世界のどこかで紛争や戦争があり、地球のエネルギーによってもたらされる災害があって、私のようにわがままで自分の事しか考えてない人が居て、それでも時間は一定のリズムで進んでいく…
夢のような生活はいらない。ただ穏やかにゆっくりと時間が流れたらそれでいい。ひとつの夢が叶ったから、次の夢に向けて思考を整理して行動する計画を立てる。
「誰も排除せず、誰も排除されない、誰もが安心して生活を送れる町を創る人になる」
「4月2日に国連が定める世界自閉症啓発デーにおいて、テーマカラーの青を通じて自閉症を知ってもらう活動と、青いものを身に付けもらったり、ひいては町をブルーに染められるようにしたい」
そんな2025年にしたいと思う。