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順番

一昨日まで照り付ける陽差しを背負っていた空は、一転して秋雨を引きつれ、冷え込んだ空気は病院で過ごす夜を一層冷たくしていた。

当直用のPHSが病棟での患者急変を知らせ、駆けつけた僕の目に飛び込んできた光景は、ひと目で医学的な手立てが無効なことを悟らせた。

八十八歳女性。一通りの心肺蘇生を行ったが、命はあっけなく目の前を通り過ぎていった。

医師となって学んだこと、命は意外としぶといということ。心臓外科医となって学んだこと、命はあっけないときはあっけない。

患者家族が到着したため状況を説明。当直中に起こった他科患者のことだけに初対面である。にもかかわらず、駆けつけた息子夫婦からは何度もお礼の言葉をいただいた。

霊安室から遺体を見送る廊下の空気は、こんな夜でなくても冷たい気がする。ラメ糸できらびやかに刺繍された藍色の布を頭からすっぽり纏った母親を、足の悪い息子がびっこを引きながら追いかけていく。

その後ろ姿を眺めながら、僕はいつか来るであろう我が母の順番を想像し、到底耐えられそうにない惜別の思いがこみ上げていた。

この思いは初めてではなく、もう何度も繰り返していて、そして、ずっと積み重なり続けている。

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※この記事内容はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。


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