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世界の半分が夜であるように

 家から20分程歩いた場所に少し大きな池がある。池を取り巻くように歩道があり、その歩道に沿って桜の木が植えられていて、春になるとその歩道は桜のトンネルへと姿を変える。

 ジョギングやウォーキングをする人、犬の散歩をする人、若いお父さんやお母さんが小さな子を連れて歩いていたり、年配の方の憩いの場であったりと、どの季節のどの時間帯でも人は多い。
 桜が咲く頃には花見をする人もいて、いつにも増して多くの人達が利用している。


 僕は仕事終わりに花見も兼ねて、その池まで歩いてみる事にした。柵に身を預け池を覗き込むようにして、缶コーヒーを開ける。いつもよりも苦く感じるコーヒーを飲みながら、これまでの事やこれからの事、今の自分の状況なんかをぼんやりと考えていた。

 人生の変化に戸惑い、いつしか誰かと一緒にいることも億劫になっていた。僕は少しずつ確実に消耗していき、笑っている時でさえ笑顔の裏側では、暗く重たい影がザラついた心を締め付けているような感覚がしていた。

 「僕は苦しんでいる」その時ふと気が付いた。

 …いや違う。今気付いた訳じゃない。本当は分かっていた。僕は辛くて、苦しくて、耐えられなくて、逃げ出したかった。本当は、本当はずっと前から気が付いていた。

 だけど、誰かに頼っちゃいけないような気がして、弱さを見せちゃいけないような気がして、平気なふりをして、今まで自分を騙し続けてきた。

 自分の弱さを受け入れられず、誰にも助けを求められない。僕は不器用にしか生きていけない。ずっと隠してきた、見つけてはいけない感情に触れて、辛うじてバランスを保っていた心は静かに崩れてしまった。

 僕は歩道に背を向けたまま、人の流れに背を向けたまま、誰にも気付かれないように、声を殺して一人で泣いた。二年前の春のこと。


 あれから僕は強くなれたのだろうか。
 僕は強くなりたかったのだろうか…?

 春風に揺れる桜の花は、今年も誇らしげに咲いている。

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Yutaka
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