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それでもやっぱりキャンドルが好き 〜ワックスの嘘〜

以前、ある大手香料メーカーのエバリュエーターから面白い話を聞いた(エバリュエーターについてはこちらの「2 クリエーション」を参照)。彼女は洗濯洗剤のプロジェクトに多く関わっているのだが、洗濯洗剤の香りには大きく分けて、濡れている状態での香り「ウェット」と、乾いた状態での香り「ドライ」の2つがあり、顧客によりウェットを重視する人とドライを重視する人がいるのだそうだ。

このように、同じ香りに関わるプロダクトであっても、プロダクトによってそれぞれキャラクターが異なる。素晴らしい香水を作るブランドが必ずしもキャンドルやディフューザーに強いわけではない背景にはこういったことがある。「餅は餅屋」ということだ。

とはいえ、同じ「香り」に関するプロダクトである故、専門以外のプロダクトに手を出すことはやってやれないことではないし、実際に香水ブランドのキャンドルで素敵なものはいくつもある。そして、私もいつか、キャンドルやディフューザーをぜひ作りたいと思っている。特にキャンドルはなるだけ早く取り組みたい。
私の香水の調香をしているJean-Michel Duriez氏は、Pierre Herméをはじめとして、数多くのキャンドルを手掛けているが、彼のキャンドルは非常に面白い。
(Pierre Herméのキャンドルについてはこちらを参照)
彼の作るキャンドルは、既存のものに比べるとほんの少しだけ複雑なのだが、それが具体的な存在感を持って香る。ただの「なんとなくいい香り」として常に香らせるのではなく、部屋の空気を変えたいときに火を点すと非常に効果的なキャンドルだ。

キャンドルを制作する際における香水との違いは大きく分けて2つある。1つは「火をつける」プロダクトであるという点だ。火のついていないキャンドルに鼻を近づけて香る香りと、火をつけた際の香りにはやはり違いがある。本来の用途を考えると、後者の香りを重視するべきだが、店頭で試せるのは前者であることから、どちらも無視できない。とは言っても、私の知る限り火をつけることによって香りが劇的に変わるものはあまりないように思う。

もう1つの違いは、香料を溶かす基剤の違いだ。一番よく使われているのはパラフィンワックスだろう。石油から作られるものだ。また、ソイワックス等、植物由来のものもよく見かける。今の技術だと、どんな野菜からでもキャンドルの基剤は作れるらしい。
(この記事では香料を溶かすキャンドルの部分を以降「基剤」と呼ぶことにする。日本語における「ロウ」は、正確には西洋のキャンドルで使われる「ワックス」とは化学的に全く異なるので、誤解を招かないようにするためだ)

ここから先は、この基剤にまつわる“ウソ”について述べていく。

まずは、基剤が何であろうと、燃やして煙が出るものは身体に悪い。よって、タバコだろうがキャンドルだろうがお香だろうが、有害な物質が出ているという点においては変わらない。
また、キャンドルについては、基剤の原料の違いは排出される物質の有害度に影響を与えないらしい。

つまりは、天然素材だから身体に良い、という事実は一切ない。

香りについてはどうだろうか?「うちのキャンドルは、天然素材だから綺麗な香りがするんです」と謳っているブランドがあるのかは知らないが、もしそのように思っているのならば、それもだいたいにおいて間違いである。

現在において、一番精製精度が高い基剤は、パラフィンワックスである。昔は石油の香りが残ってしまっていたようだが、今日においては無臭だ。
一方で、植物由来のキャンドルは、それがどの植物であれ、精製精度はそこまで高くない。よって、どうしてもその植物が持つ香りが残ってしまう。
香料メーカーで試作品を作る際は、通常パラフィンワックスを使用する。それでは、製品化の際に、試作品の時とは違う精製精度の低い香りの残った植物由来のワックスを使ったらどうなるか?当然、想定していたものと違うものが出来上がる。これはプロダクトとして致命的である。調香というのは、細かい香りの調整をして行われるため、そもそもの基剤の香りが違うとせっかくの繊細な調香が台無しになってしまうからだ。

一度ソイワックスのキャンドルをもらったことがある。せっかくもらったので何度か使ったのだが、一度溶けたロウが冷めて固まった際に、ダマがたくさんできたような固まり方をしたのがとても気になった。そのブランドのプロダクトの問題だったのかもしれないが、ソイワックスはもしかしたら、熱を加えたり冷ましたりの繰り返しに弱いのかもしれない。パラフィンワックスでそういった問題が出たことは私に限ってはない。

香水にしても、キャンドルにしても、問題だと思うのは、クリエーターがそのプロダクトの特徴や問題点についてあまり知らないことである。例えば「ベジタブルワックスは身体に良い」などの間違った情報を、クリエーター自身が信じて疑わず、その“信念”に則り、自身のブランドを素晴らしいものだと語ったり、あるいは他のブランドを批判するのを何度も見てきた。一言、「どうしてベジタブルワックスはパラフィンと違って身体に良いの?」と質問すると、きちんとした回答が得られない。往々にして彼ら彼女らは「なんとなく」で作っているのだ。分業型の業界構造ゆえ、しょうがないことなのかもしれないが、あまり気持ちの良いことではない。

個人的にはこういったことはあまり良いことではないと思うものの、世の中には様々なプロダクトがあって然るべきなので、「なんとなく」で作られているものがあり、それを喜ぶ消費者がいることに関しては、特に何もいうつもりはない。ただ、自分が発信する側に立って初めて、香りについては特に、あまりにも正しい情報が少ないことに気がついた。自分が知っている範囲のきちんとした情報は、これからも積極的に発信していこうと思う。それは私の使命の1つであるように感じている。

とまぁ、いろいろ書いたのだが、それでもやっぱり、キャンドルって良いよね、という思いは捨てられない。好きなキャンドルがあったらぜひ教えて欲しい。

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