
あんなことやこんなこと
フランスに来てからブランドを立ち上げるに至るまでの過程について説明した『今日も今日とて自己紹介』という、全6回にわたるシリーズをnoteを始めた頃に書いた。
私のターニングポイントになった出来事について書かれているのは、Part 3とPart 4である。興味があったらぜひ読んでいただきたい。特にPart 4は“パリマジック”について書いている。
昨日は調香師Jean-Michel Duriez(以下ジャンミッシェル)のアトリエで、彼の仕事を手伝ったあと、夕飯をご馳走になっていた。
私がもうすぐブランドをローンチすることから、ジャンミッシェル自身がブランドをローンチした頃の話になった。4年ほど前の話だ。
良かったこと、悪かったこと、悪いと思っていたが結果的に良かったこと、良いと思っていたが結果的に悪かったことがあった。
山あり谷ありだ。
実は私は、ジャンミッシェルのブランドがローンチされたばかりの頃からそのブランドのことを知っていた。
2016年12月、ジャンミッシェルのブランドのローンチ時にGalerie Vivienneというパッサージュの一角で行われていたポップアップストアに訪れた。夕方をすっ飛ばして夜になるよう冬の寒いある日のことだった。今では合計13本になった香水も、そのイベント開催時は"L'Etoile et le Papillon"の1本だけだった。
その1年半後に、まさかそのブランドで働くことになるとは当時は思ってもみなかったし、ましてや3年後にそのブランドの調香師に自分の香水の制作を依頼することになるなんて、想像すらできなかった。
採用の面接時に私から受けた印象をジャンミッシェルが語ってくれた。
Arts et Métiersというメトロの駅すぐ近くのカフェでのことだった。私は濃紺のスーツに白シャツ、黒の革靴にしっかりネクタイをしめた、かなりコンサバな格好をしていった。採用の面接なのだ、こちらとしてはスーツで行くのが当たり前だと思っていた。
そんな私の姿を見たジャンミッシェルは、私を“機械的に働く無感動な日本人”だと思ったようだ。
というのも、ジャンミッシェルは調香師としてのキャリアの最初の頃、花王の調香師として日本で少しだけ働いてた。私のスーツは、没個性的なスーツを着たサラリーマンが無機質に働いている様を思い出させたらしい。
そのイメージは働き出してすぐに覆されることとなる。最初の頃こそ私はビジネスカジュアルで出社していたが、すぐに私の普段の格好(どちらかというとモード系)でアトリエに行くようになり、面接の時は外していた左耳の大きなピアスも、働き出して比較的早いタイミングで仕事にもしていくようになったからだ。
ジャンミッシェルのブランドで働き始めたのは2018年5月のことだ。6ヶ月間と短い期間ではあったが、退職後も頻繁にジャンミッシェルのアトリエに顔を出していたため、その後ジャンミッシェルのブランドがどのように成長していったかについてはよく知っている。
つまり、私はジャンミッシェルのブランドが生まれた頃から、少し欠けている部分はあるものの、今日までの出来事の大部分を知っているのだ。
昨日ジャンミッシェルと食事をしながら、あんなことがあったね、こんなこともあったね、と話していたのだが、本当にあんなことやこんなことがあった。
私もこれまであんなことやこんなことがあったが、これからもあんなことやこんなことがあるのだろう。ジャンミッシェルのブランドを通して、良いこと、悪いこと、どちらであるかはわからないにせよ、予期せぬことが日々連発することを見てきたが、今度は私がそれを体感する番だ。
ズッキーニのラザニアを食べながら、そんな話をしながら、夜が更けていった。
そろそろ本当にブランドがスタートする。夜明けはすぐそこ。
ブランドçanoma(サノマ)のインスタグラム、ぜひフォローしてください!