とりとめのない話 〜売れているっぽいブランド〜
面白い話を聞いたことがある。
チェーン展開をしているある雑貨屋さんにて、本部の人が店長に売れ行きの悪い商品を尋ねたところ、「ティーポットが全然売れない」という返答がきた。
しかし、実際のデータを見てみると、ティーポットはコンスタントに売れており、むしろ主力商品の部類に入っていたのだ。
店長がサボっていて実態を把握していなかったわけではない。店長は本当にティーポットが売れていないと思っていた。
インターンで、香水業界の財務分析をしていた時に、とにかくデータがなくて困ったことがある。ニッチフレグランスの大手の情報を、ファンドにあるファイナンス端末で探し回り、どうにか10社弱のデータをかき集めたが、かなり不完全なものしか集まらなかった。ただしそれだけでも大変興味深かった。実際に売れているブランドと、売れていると“考えられている”ブランドには乖離があったのだ。
このように、現場にいる人ですら何が売れているかわからない状態なのだ、況や消費者をや、である。
ニッチフレグランスにおいても、売れているという印象を与えることに成功しているブランドはいくつかある。展示会でとても成功している印象を与えた何年かの後に、ひっそりとマーケットから退場していくようなブランドなんてのも存在する。
売れている印象を与えるには、メディアへの露出を増やすのが一番だろう。SNSも有効だが、雑誌やオンラインの媒体に取り上げられる方がより影響力はある。
ニッチフレグランスをメインで取り扱っている媒体は少ないため、必然的にそれらの媒体と“仲良く”やっているブランドの露出度が上がり、マーケット内で“売れている”印象を植えつけやすい。
これはとても個人的な印象だが、ニッチフレグランス専門のオンライン媒体が好むブランドには、
① 各香水に長々と語れるストーリーがあり、
② クリエーターが自ら調香師で、
③ あわよくば美男美女であること、
という3つの条件が求められているように思う。ニッチフレグランスに詳しい人であれば、これらの条件を揃えたいくつかのブランドが頭の中に浮かんでいるはずだ。
(残念ながら私のブランドは、このうちの1つとして条件を満たし得ない)
また、クリエーターの顔を前面に出した方が、売れている印象を与えるには効率的なようだ。人の顔は記憶に残りやすい、とか、きっと心理的な理由があるのだろう。
私は今、あるブランドを念頭においてここまで話を進めてきている。もちろん、名前は明かさないが、詳しい人ならあるいは推測できるのではないかと思う。
そのブランドは、上記のオンライン媒体が好む3つの条件を満たしている(ただし、3つ目の美男美女、という部分については、このクリエーターが使う写真はかなりの修正が加えられているため、「写真の上で美男美女」というに留めておく)。よって、かなりの頻度で媒体に取り上げられている印象をうける。実際にどのくらい取り上げられているかは数えたわけではないのでわからない。繰り返し取り上げられているように錯覚しているだけかもしれない。いずれにしても、ニッチフレグランスの中では、成功している印象をもたれている。
マーケットの評判も、私が目にする限りではとても良い。巷の香水愛好家からプロの評論家までが、「素晴らしい」と口を揃えている。悪い評価を聞いたことがない、といっても過言ではない。
さて、ここまで私は、一切香りの話をしていない。強いていうなら、直前の「素晴らしい」という評価が香りに対するものであるくらいだろうか。
今念頭において話しているブランドの香水を、私はどうしても理解することができなかった。なぜこの香水が「良い」と判断されるのか、今でもよくわからない。
少し前の話だが、調香師にそれらの香水を試してもらって意見をもらった。彼の意見は、「香水として欠陥がある」だった。
これは非常に示唆深い。消費者が押し並べて「良い」と評価しているものを、作り手が「欠陥品」だと評価しているのだ。
仮に作り手の評価、つまりこのブランドの香水が「欠陥品」であったとして、にも関わらずどのようにしてマーケットの評価を獲得したのか、と考えてみると、「良いものだから評価されている」というのとは全く逆、「評価されているから良いもの」という形で、メディアが作った“評価されているっぽい”雰囲気を元に、実際のマーケットの評価を作り出してきたのではないか、と思う。しかも、香水の批評家までもがその流れに乗っていることになる。
もちろん、作り手の「欠陥品」であるという評価が間違っているのかもしれないし、作り手が「欠陥」と表現するものこそが消費者を惹きつけている可能性も否定できない。
そして、その評価され、売れているっぽい印象と、実際の売上にはまたさらなる乖離がある。実際のところは、会社を運営している人にしかわからないわけだ。
そもそも香水は得てして香りの“印象”で評価されがちなところに、さらにこういった“評価されているっぽい雰囲気”といった、フワフワモコモコしているものが積み重なり、どんどん実態が掴めなくなっていく。これは私に、高校生の頃、私が通っていた学校の寮内で流行っていた洗顔泡立て器を思い出させた。少ない量の洗顔料で、いかにモコモコの泡を作り上げるかに、誰もが青春を傾けていた。
そんな、金曜日の夜…
ここまで読んでくださってありがとうございました。今回2回目となる「とりとめのない話」シリーズ、今後もやるかもしれません。
次回も乞うご期待!
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