アントレプレナーの悲劇
つい最近記事にしたが、わりと大きな問題が起こった。何が起こるかは常に分からないが、何かが起こることだけはわかっているので、比較的冷静に対処しているところである。
また、このような大きなものでなくても、些末な問題は日々起こる。とにかく毎日何かしらで悶々と悩んでいる。さらに、小さなことであっても、自分のブランドのことなので、ついついくよくよと考えてしまう。私はどちらかというと、決断に時間がかかるタイプだと思う。
このように、アントレプレナーの生活というのは、なかなかストレスフルなものである。資金が潤沢にあったり、人員を抱えているならば、お金で解決したり、周りの人とストレスや問題を共有できるのだろうが、私のように、1人で全てに対応していると、こういったストレスも全て1人で抱えることになる。
そして、ブランドがローンチされた後、ここに営業活動が入ってくると、ストレスに忙しさが足され、よくわからないことになる、きっと。
知り合いのクリエーターを見ていると、多かれ少なかれこれに近い状況になっている。最近ローンチされたニッチフレグランスブランドから、なかなかその次の新作が出てこない背景にはこういったことがあるように思う。忙しすぎて次のクリエーションに手が回らないのだ。
この先、ストレスと忙しさにもみくちゃにされている私の姿…ぼんやりと想像できる。
一方で、以前書いたように、ニッチフレグランスが成功するためにはベストセラーが必要だ。最初のコレクションでベストセラーがすぐにできれば問題ないのだが、そうは問屋が卸さない。ベストセラーは、ある程度コレクションを重ねていくことで生まれるケースが大半だ。クリエーションをコンスタントに続けることは、ブランドのためにも重要だと思われる。
考えてみるとこれはなかなか悲しいことだ。香水ブランドを立ち上げる人の多くは、香水のクリエーションをしたいと思っている人であるはずなのに、実際はクリエーションにほとんど時間を費やすことが出来ず、その他のことに忙殺される。もちろん、営業やコミュニケーション等、クリエーション以外にも楽しいことはあるが、クリエーションの楽しさは、それらとはまた違ったものだ。その上、クリエーションはブランドにとって不可欠な要素ときている。なんだか矛盾を感じなくもない。
私がクリエーションにおいて1番好きなのは、香りが「香水」になる瞬間だ。小さなアイディアが、複数の香料を混ぜただけの香りを作り上げる。それに違うアイディアを加えていったり、修正を続けていくと、ある瞬間にただの香りだったものが、「香水」になるのだ。「香りに命が吹き込まれる」といったところだろうか。
この「香り」と「香水」の違いは、もしかしたらクリエーションに携わらないとなかなか理解できないかもしれない。また、言葉にしろ、と言われても、なかなかできない。いくつかの試作品を経て、あるところで、「あ、今、香水になった」と感じる、としか言いようがないのだ。
だから、私は「香り」止まりのクリエーションをしているブランドがあまり好きではない。クリエーターとして怠惰だと感じてしまうのだ。香料を適当に混ぜて新しい香りを作ることはそこまで難しくない。だから年間に何本も新作を出すことができる。しかし、1つの香りに命を吹き込み「香水」を仕立てるのは、そう簡単なことではない。時間もかかる。うまくいかないこともある。
話を戻そう。アントレプレナーの悲劇は、日々問題が起こりストレスフルな生活をすることではない。本当の悲劇は、忙しさ故に、独立して本当にやりたかったことができない、ということであると思う。多くの香水クリエーターの場合、「本当にやりたかったこと」に該当するものはクリエーションだ。本当にやりたかったクリエーションのために、きっちり時間をさけているクリエーターがどれくらいいるのか、今のニッチフレグランスのブランドローンチ後の新作が出るリズムを見ていると、正直疑問だ。
7月はなんだか色々なことか上手くいかなかった。プロジェクトを前に進めている感覚はあるのだが、前に進めば進むほど、新たな問題が発生する。正直、少しだけ嫌になっていた。
だから、一度立ち返ろう、と思った。
立ち返るには、何をすればいいか。
そうだ、新しい香水を作ろう。
日本に帰った時にある人に言われた“褒め言葉”が、自分の中で少し引っかかっていた。
「最初のコレクションがこれだけ良くできていると、
次の作品作るの大変じゃないですか?」
実はこの懸念は私も持っていた。最初に出す4本は、手前味噌だがよくできている。次の作品は、最初のコレクションと少なくとも同じレベル、あわよくばより良い出来のものを提供しなければならない。そんなことできるのだろうか、と。
しかし、一昨日、ふと新しいアイディアが2つ降ってきた。それらは最初の4本にはない要素を持っている。どんな香水になるかはわからないが、これなら行けそうだ、と思えた。
その勢いのまま、調香師Jean-Michel Duriezに連絡し、明日最初のブリーフィングをする。とても楽しみだ。この記事を書きながらも、どうやって香りのイメージを説明するか、つらつらと考えている。ワクワクしている。明日は遠足、そんな気分だ。
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