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始めまして

にゃっほー♪ユウタだよ。
えっとね、初めて会う人も、俺をなんらかで知ってる人にも、まあ自己紹介代わりにだらだら手記でも書こうかな。

俺はね、生まれた時から割と音楽が好きで、母がB'zとか好きでその影響を受けてロックが好きなんかな?多分。でも、なんかその他の音楽の趣味はあまり合わなくて、初めて買ったCDは椎名林檎さんの『真夜中は純潔』。好きになった理由は…反抗期だったんだよ。個性的なモノに盲信したいお年頃でかなり傾倒したよね。
えーと、んで家庭環境は端的に割と最悪で、母親が弩級に歌が上手かったんだけど、それは引き継いでなくてさ、音楽のステータスは大した事なく下手な横好き君だったのよ。
幼少はまあ家庭の事情で音楽なんかさせてくれんくて、小学生の時に国語の教科書にあった詩に触れてから自分で詩を書くのが好きになった。
(音楽は小6位から頭の中で作曲の真似事はしていたけど、ちゃんと形には出来んかったなあ)
あ、そうそう詩に没頭したのはちょっと理由があってさ。記憶はあんましないんだけどウチは引っ越しが多い家庭で、小3の時に千葉から東京に越した時に見事にイジメられて(なんと更に、家に帰ると再婚したての親父に殴られまくって耳の神経を損傷したんだゾw)、やや内向的な性格になっちゃったんだよね。仲間がいないから、授業なんてそっちのけで詩を書いて…まあ逃避に近い感じだったんだ。
で、古文の先生に何書いてるの?って言われてさ、まあおそるおそる見せたら「今度書いてくれた詩を見せてもらって良い?」って言われて見せる様になったんだよ。
ちいせぇ俺にとってはマジで救いに見えたよね。先生も忌憚ない意見をくれて楽しかった。
まあ、詩を好きになった理由はそんな感じなんです。人生色々あり過ぎてかなりかいつまんで書いているからちょっと分かりづらくてすまん💦

音楽が好きなのは…というか歌うのが好きなんだよね。歌ウマ杉ワロタな母親からは歌に関して唯の1回も褒められた事はない。なんだけど兎に角歌うのが好きで、でも親父に殴られるから家では歌えないし、学校ではイジメられてたから学校でも歌えなかったから、1人で公園とかでハミングしてるくらい。でもでも歌うのが忘れられなくて、いつか歌手になれたら良いなって思いながら、詩を書いたり、歌の事をいつも考えていたよ。

まあ、年を重ねるにつれてバンドとか組みたかったんだけど、もう諸事情でウチ借金だらけでさ。○学生から働かさ…労働に従事した事もあって、それなりの自由もあったけど、兎に角人に恵まれなくてバンドとかちゃんと組めた事なかったね。
その流れでなんとか進学したんだけど、金が払えなくなって結局退学しちゃってさ、そこからはもう記憶が無くなるくらい働いて、更に騙されて、家族がぐちゃぐちゃになって音楽なんかやってらんねえ、生きてくだけで精一杯だ‼︎って日々を過ごしたんだ。
それでも今まで、音楽を諦めなかった(あ、一応今ラッパーやったり、ボーカルやったりしてます☺️)のは、おっきい理由があるんです。
えと、昔さ、『歌スタ』っていうオーディション番組があってさ、それはカラオケから応募できるんだけど、知人と応募したら俺だけトントン拍子で受かっちゃって、最終審査でテレビに出て歌う事になったんだよね。
まあ、それには落ちちゃうんだけど、その名だたる審査員の中にダイヤモンド☆ユカイさんがいらっしゃって、最後の最後に、コメントをくれたんだよ。
活躍されていた世代も違うから正直名前しか知らなかったんだけどさ、俺の方を見て『俺は君の歌が好きだね。諦めずに音楽を続けていてくれよ』って真顔で言ってくれてさ(他の審査員は結構辛口だった)、それが俺にとっては他人からもらう初めての歌の賛辞(知人からカラオケで上手いね程度はあった)でさあ。ホントに衝撃的で嬉しかったのを今でも鮮明に覚えているよ。

たった一言だったんだ。
でもそのたった一言で、
『いつか俺は歌をやる人間になる』
って今まで挫けずにいられたんだ。
だってさ、なんの為に生まれてきたかも分かんねえ、自分が生きていて良いのかも疑問で、でも人生は一度しかなくて、なら死に際に後悔だけはしたくないじゃん。
じゃあ俺は死ぬ時何に後悔をする?
死に際に、うわあ、俺アレやっておけばよかった〜ってなるのは………
『歌』じゃね?
歌でステージに立てなかったら後悔すんじゃね?
そうだよな、俺歌うのが好きだったもんな。
おぎゃーって生まれた時のアレはきっと歌で。あれは産声じゃねえ、産歌だった。
じゃあ俺は人前で歌わなきゃダメじゃん。
絶対いつか俺は歌手になる。
有名じゃなくても良い。
笑われたって良い。
失敗したって良い。
俺は絶対自分に納得してから死んでやる。
じゃなきゃ死にきれん。って思い続けられたんだ。
そう、ダイヤモンド☆ユカイさんがくれた
『俺は君の歌が好きだね。諦めずに音楽を続けていてくれよ』っていう魔法の言葉でここまでこれた。って話ね。

まあ、そこから紆余曲折あって神田のミュージックバーでこの人こそ俺の音楽の師匠だ‼︎って人にに会うわけ。そこにはオワリズム弁慶の澄人くんとSECOちゃんがいてさ…

ちょっと長くなったから続きは今度。。。
オワリズム弁慶の赤ちゃんラッパー&駆け出しシンガーの長月ユウタでしたー、さんきゅ。

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長月ユウタ
チップ…自分の為にお金は使って欲しいし、ライブとか見に来て欲しい。でもいただいた気持ちは何倍にもして返したいと思うよ🥹