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6月12日、表参道にて


今日はオーディションがあった。
雨で柔らかく光った表参道を歩く。
会場は何度も足を運んでいるのでもう迷うことはない。
そのときの空は一時的に泣き止んでおり、
傘をささずに済んだことに対し僕は
誰にも悟られぬ程度の密かな喜びを感じていた。

友達が働いている店やこの前テレビで出てきていた店などをチラチラと見ながら、一切止まることなく進む。
きっと僕が大金持ちならいちいち立ち止まり、
そして立ち寄るのかもしれない。
しかしながら現実の僕は全くと言って興味がないので、普段以上の早歩きで周囲をごぼう抜きする事ができた。のんびりウィンドショッピングする人から見たら僕はハエみたいな感じかもしれない。本当に早かったと思う。


しかし、そんな僕を抜き去り、
早歩きの僕を制止させようとする男が現れた。


聞けば、タレント事務所のスカウトマンである。
長身猫背で革靴を履いたその男はなかなかの距離を走ってきたのだろう、なで肩を上下に揺らしながら息を切らしていた。
最初は止まる気はなかったが、走らせてしまったことに申し訳ない気がしたので一時停止し、イヤホンを外した。

上京する前は憧れだったスカウト。
その為に表参道や竹下通りを歩いた日だってあった。
あの時はかたつむりくらい遅く歩いていた気がする。
かたつむりがハエに進化することだってあるようだ。
ありがたいことに今はもう断る状況に身を置いている。
それにしたってスカウトは何回されたって嬉しい。

「ありがとうございます。
でも僕はいま別の事務所に所属していて、
これからオーディションに行くんです。
せっかくお声かけて頂いたのにすみません、
ありがとうございます。」
たしかこんな感じでお礼を2回挟み、やんわり断った。
話を聞いているほどの時間はなかった。

すると、「せっかく走ったのにこんなのないぜ」という風な顔をした男は(たぶんしてない)
「そうですか〜まあ今日はこんな(スカウトもされる)感じなんで調子いいんじゃないっすか!絶対頑張ってくださいね!」
と若干上から応援の言葉をかけた後、定位置に戻って行った。

「絶対ってなんだよ、頑張るよ。」と心で思った。

そして深呼吸。

あ。
またしても名刺を貰いそびれたとわずかばかりの後悔をしながら、僕はまた早歩きで進み始めた。

おわり

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