「ある」ものに気づく、薬草のまちづくり
先日、「薬草を食べる人びと」の出版記念イベントに参加しました。書籍の著者と編集者、書籍の舞台である飛騨市役所の方々の話を聞くことができ、薬草を通じたまちつくりの様子を知ることができました。
この「薬草を食べる人びと」の書籍やその舞台となっている飛騨市の取り組みを知るきっかけになったのは、weworkでの「国・企業・個人、みんなで考える「過疎地域」のコミュニティづくり」というイベントで、飛騨市役所の方がその取り組みについて説明されているのを聞いたことでした。私は、その前の年に、「とびしまウルトラマラニック」(広島県呉市)に参加したときに、イベント民泊を利用して地元の方との交流をさせて頂き、そのなかで、「この辺もどんどん無くなっていくね」という空き地が広がっていくまちの様子について話を聞く機会がありました。そのときは、「何も事情を分かっていない者の意見として、「ない」ことがあるという発想の転換はいかがでしょうか。「ない」からむしろ良いという考え方では、どのようなことが可能でしょうか」と、「ある」ものに目を向けるという話を簡単にさせて頂きました。そのような経緯もあり、まちつくりの取り組みに興味があり、イベントに参加しました。そして、出会ったもののひとつが、「薬草」を通じた事例でした。
私は、ヨガが好きということもあり、心と体を整えるというリトリートにも興味があり、飛騨市の取り組みを聞いていると、いわゆるウェルカムドリンクやディナーのあと、宿泊して、朝、昼を過ごすなかで心も体も整える、一連の流れが頭のなかででき上がり、都市にはない自然があり、自然由来の癒やしがある素晴らしいまちなのだなと妄想を広げることができました。そして、「薬草」についても興味があったため、書籍を購入して、学びを深めていました。書籍を読みながら、気になったことをスマホで調べていたところ、出版記念イベントのことも知るようになりました。
出版記念イベントでは、取材に一年、二年で書籍化したなかでの出来事について、編集者、著者の方の話を聞くことができ、「薬草」を書籍にする過程を知ることができました。文字として表現するなかでの、薬機法上の観点で書けることと書けないこと、出版社・編集者のもつ表現力に関する話は、自分の知らない世界の話であったため、大変興味深かったです。
まちつくりの観点では、薬草は、地元の人にとっては、ある意味、意識していないと、雑草と同じであり、「ない」まちであったようです。ただ、生態系の観点からみると、飛騨市は、広葉樹があり、その広葉樹が葉を落としてできた豊かな土壌があり、その土壌からできたミネラルをたっぷり含んだ薬草の群生地があるというまちです。健康・美容に関心のある人にとっては、「ある」まちであるようです。見る観点を変えると、「ある」ものに気づくということもできるのだなと思いました。
ヨガでは、「気づく」ということを重視することがあります。私たちは、日常生活の出来事に心を奪われる傾向があります。そして、ひどいときには、その出来事がすべてであるという勘違いをしたりします。一旦、日常生活から離れ、その正反対の観点もあるということに気づくという時間を過ごすのもいかがでしょうか。「ない」という認識から離れてみると、「ある」ものに気づくことができるかもしれません。このようなことに気づかせてくれるイベントでもありました。