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建築業界はいつまで『車輪の再発明』を続けるのか?業界が良くなるために必要なもの
私は2014年から小規模な設計事務所(いわゆるアトリエ系建築設計事務所)で働きはじめ、10年以上建築設計の場に身を置いています。
ですが、今は縁あってCG業界にも片足を入れている状況です
CG業界と関わるようになって感じることは、CG業界は常にノウハウを共有する文化があるということです。
CG界隈では、ソフトウェアのフォーラムにあるユーザーが困った時に質問を投稿すると、公式からの見解や別のベテランユーザーからの回答があるのが日常です。
ユーザーは「◯◯のようなことをしたくて、このように作っているがエラーが出てしまう。どう解決すればよいか?」という質問をフォーラムに書き込むと、多くの方が回答を書き込んでくれます。
以下のリンクはUnreal Enigneのフォーラム内での質疑とユーザーによる回答です。
これは、当事者だけがメリットを興じるわけではありません。
私がUnreal Engineで作業中に困ったことがあっても、解決方法を探すと既に先人がフォーラム内で似たような質問をしており、だいたいのことはこれで解決できます。
このように、技術や知識を共有する文化があることで、当事者だけでなく、世界中の人にも情報が行き渡ります。
それにより技術が発展していく土壌ができています。
建築設計者が置かれている状況
それに対して建築設計の現場ではどうでしょうか?
働き始めた2014年も現在も、具体的な設計のやり方に関して困った時にの情報はほとんど見かけません。
私の場合の話なので特殊な例になるかもしれませんが、私が勤めていた事務所は入所した当時で5年目の若い事務所でした。
若い事務所なので、当然ですが「前例」というものが基本的には存在しないので、あの時のアレを参照して…のようなことはできません。
所内に先輩はいましたが、私より1~2年しか変わらなかったので、先輩に聞いたとしてもすぐに解決できるという状況にはありませんでした。
頼りの所長も常に事務所にいるわけではないので、すぐに聞くことはできません。
「技術的なことはメーカーに相談しろ」というのが事務所の通例ではありましたが、彼らは設計者ではないので、一定のところまでは解決できますが、根本的な設計の方法を教えてもらうには至りません。
そんな何もわからない状況で業務を進めねばならず、必然的に労働時間は長くなり、それでも失敗することばかりで、そのような何もわからないという状態に慣れるまで本当にしんどかったのを覚えています。
小規模な事務所だけの問題かと思いきや、大手の事務所でも十分に技術共有がなされていないと言う声も当事者である友人から聞きます。
そういった思いでXに投稿したら、思いの外反響があったので、同じような悩みを持つ方は意外と多いのだと思います。
建築業界からCG業界にも関わるようになって感じることは、CG業界は積極的に技術を共有する文化があるけど、建築業界はそういった文化が全くないということです。
— 堀江優太|Yuta Horie (@H_Y_per) February 10, 2025
設計事務所の経験は属人化してしまうので、各事務所の若手スタッフが車輪の再発明をしていることが多々あります。…
私は設計者の立場だったので設計側の状況しか理解はできていませんが、恐らく施工者側も似たようなことが起こっているのではないかと推測しています。
建築業界にも情報を共有する文化を醸成したい
CG業界のように、建築業界も技術を共有できるようになると、業界全体がより発展していくのではないでしょうか。
では、具体的にどんな内容を共有できるようになると必要なのでしょうか。
私の中の結論は、設計の工学的な考え方を共有するのがポイントだと思います。
意匠設計業務には大きく分けて2種類の仕事があります。
1つは建物の美観を生み出す美術的な仕事、
そしてもう1つは建物に必要な性能を満たすための工学的な仕事です。
前者は設計者による独自の答えを求められますが、
後者はある程度正解が世の中にあると言っても過言ではありません。
性能を満たす内容としては以下のようなものが挙げられます。
複雑な屋根形状の場合の屋根の納め方の最適解
防水材の種類と使い分け
水勾配の考え方
外壁の素材と断熱材との相性
などだと思います。
これらの納まりを示した詳細図集のようなものは世の中にあるのですが、根本の設計思想まで示したものはあまり無いのではないでしょうか。
具体的な例を挙げると、例えばテラスなどの外部床の表面排水のための水勾配ですが、一般的には1/50以上することが推奨されていますが、実際にはこれ以下の勾配にしているところが多いです。
推奨値を切る場合に起こるデメリットや、実際に推奨値を切ったことで起こる弊害などはあまり語られません。
もう一つ例を挙げると、一般的な外壁材の軽量気泡コンクリート(ALC)板に、一般的な断熱材である現場発泡吹付けウレタン断熱材ですが、実は相性が悪く、ALCに発泡ウレタンを吹付けられません。
こういったことを知っている人はどれくらいいるのでしょうか?
ましてや新人が知る由もありません。
世の中に出ている情報のほとんどは、このような、どんな検討を経て何がダメだから最終的にこの形になったという設計の過程が抜け落ちた状態なので応用が効きにくいのです。
そんな大変な新人時代を思い出したわけですが、当時を振り返ると、設計過程を知らないがゆえに仕方なしに車輪の再発明をやっていたと思います。
もし建築業界でもCG業界のような技術的知見が集まった場所があったとしたら、当時の私はとても助かったのではないかと思います。
このnoteでも当時の自分に向けて、なるべく私が10年の意匠設計のキャリアの中で培った技能を(有料にするかもしれませんが、だとしても安価で)公開できればと思っています。
ですが、わずか1名の経験になるので量としては恐らく不十分でしょう。
何かもっと多くの方の知見を集めて、経験談を共有しあえるプラットフォームがあると言いなと思います。
ちなみに建築に関する法規制に関しては、ありがたいことにここ数年で情報は増えています。
そぞろさんによる『建築基準法とらのまき』にお世話になった設計者は山程いることでしょう。
こういった方々のおかげで助けられている人はとても多いと思います。
最後に
設計者の仕事には美術的な仕事と工学的な仕事があると書きました。
前者は設計者が工夫したことなので、なかなか共有したいという気持ちになりにくいかもしれません。
しかし、後者の場合、その設計者も誰かから教わってできるようになったことのはずなので、これは設計者の共有財産として良いのではないかと私は思います。
特に人手不足が叫ばれる昨今、個々人の可処分時間を増やすためにも、知識の共有は重要なのではないかと考えます。
私にも何かできないか、引き続き考えて実践してみたいと思います。
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