🍥焼き鳥🍥

例のごとく精肉コーナーを徘徊していると、鶏もも、砂肝、はつ、皮、といった部位ピースが、視界から侵入し、私のがらんどうな心に次々と嵌はまっていった。
おっと…せせりまであるじゃないか…。思わず「チェックメイト」と呟く。嘘をついてしまった。人混みで「チェックメイト」などと口に出すほど、私の羞恥心はユルくない。

「ほじる」のことを西の古い方言で「せせる」という。つまり、首骨から肉を「せせり取る」ことが由来とされているせせりだが、スーパーに冷凍ではないプリプリのそれが置いてあるとは──僥倖ぎょうこうと言わざるを得ないだろう。鶏首小肉探訪家セセリストとしては、せせらずに通り過ぎることはできない。いくらせせりたくとも、せせりが売っていなければ後のせせりである。ここは思う存分にせせっておきたいところだ。

こうして材料アイテムは揃った。今日は焼き鳥とビールからは逃のがれられない。光ですらも事象の地平面ブラックホールからは逃れられないようにだ。

重力はさて置いて、下処理に入ろう。血管を切り落とした心臓ハツを切り開き血の塊を洗い流す。なかなかにホラーな光景だが、Ｂ級映画生まれゾンビ育ちの私にとっては「そよ風」にも満たない。あとは血を洗ったハツの周りに付いた脂肪をこそげ落として完了だ。

ちなみに、ハツの語源は心臓Heartsと言われているが、かの伝説のギタリストであるジミ・ヘンドリックスは、

左手で握手してくれ
そのほうが…ハートに近いから

と言ったそうだ。
さすがジミヘンである。格好が良すぎて身体の芯から震えが止まらないが、よくよく考えたら泥酔によって窓を閉め忘れ寝てしまった報いであった。

おっと。他の部位の下処理も紹介するつもりだったが、この調子では二度三度ふたたびみたびヘンドリックスに遮さえぎられるにちがいない。またの機会にしておこう。

次に、串打ちをしていく。以前の記事でも述べたが、私は下処理愛好家プリクッカーである。淡々と肉やネギを串に刺して皿に並べる、その繰り返しに悦びを見出す変態だ。ときおり、忘我ゾーンの境地に達し、ふと気が付くとアンドロメダ銀河を光の速さで回遊していたりするものだ。

嘘である。

いくら何でも、串打ちでアンドロメダにひとっ飛びできるほど私の頭はイッちゃってはいない。

無我夢中アンドロメダの串打ちを終えたところで、次は炭を起こしていこう。

備長炭──といきたいところだが、値の張るそれは妻の白い目を誘発すること必至だ。

「白炭に白い目が映えるねぇ」

などと言ってその場を凌しのごうとしても、竹串で頸動脈をひと突きされ、クロサワ映画さながらの血飛沫が舞い、白炭に映えるのは鮮血といったオチになるにちがいない。ここは命を優先に、お手頃で高性能なオガ炭を使っていこう。　

ちなみに、いまにも崩れそうなボロ七輪ではあるが、娘が産まれたその晩に最初の火を入れ、父になった喜びと硬い安肉を噛み締めた思い出のブツだ。「この七輪は娘と同じ誕生日でのう…」などと、齢よわいが千を超えて仙人になった後も使い倒すつもりでいる。

あかあかとした炭に照らされたももや皮から脂が炭へと滴り落ち、火を纏まとった煙が意趣返いしゅがえしとばかりに、串たちを燻し炙っていく。

鉄は熱いうちに打てというが、串も熱いうちに食うのが鉄則だ。灼熱の肉が口中を焼きながら転げまわり、あわててビールで消火する。そのマッチポンプをひたすらに繰り返し、やがて日は落ち、夜とともに晩酌無双へべれけが深まるのだった。

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翌朝、重めの二日酔い──あまつさえ、口内は火傷でズタボロだ。なにもかも放り投げて一日中ベッドに籠城しちまえよと私のなかの悪魔が囁ささやくが、「ローン」「家族」「仕事」などといった動機を何とか心の底からほじり出し、よろよろと身を起こす。この状態を、

世帯主のせせりという。