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宝石関連の寄稿文の宣伝、そのついでにモンタナ州旗のことなど

noteで宣伝するのをすっかり忘れていたのだけど、現在発売中の『宝石の四季』265号に拙文が掲載されている。わたしが寄稿したのは、米国のモンタナ州で採れるサファイアについてのコラム。当該誌への寄稿としては、じつに5年ちかくもブランクが空いていた。

詳細はここには書けないけれど、簡単に言うと、いわゆるモンタナサファイアの宝石学的な特徴から鑑別方法、採掘史、現状までを網羅した内容だ。1月に国際宝飾展(IJT)で講演したセミナーを下敷きにしている。日本語で読めるモンタナサファイアについての読み物としては、おそらく最も充実した内容に違いないと自負している。

なお、そのモンタナサファイアについては、noteでは2年ほど前に、クンツァイトなどとあわせて書いていた。

この『宝石の四季』の寄稿文に興味のあるかたは、次の号が出る2月はじめまでは大型書店の店頭にあるかと思うので、ぜひ手にとってご覧になってください。

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宣伝だけだと物足りないので、セミナーで話したものの寄稿には入れなかった写真と、そのつながりで旗の話を。

下の写真はわたしが2017年にモンタナ州に赴いた際に撮影した写真。裏返しになってしまっているけれど、モンタナ州の旗である。青地に黄色で大きく州名があり、その下に州章が配置されている。典型的な米国の州旗のデザインだ。

モンタナ州ボーズマン市内にて

1月の講演会のテーマはサファイアだったので、この旗についてはほんの少しだけ、鉱物資源の豊富さが旗にも描かれているという話しかしなかった。

現行の州旗のデザインは1981年からのものだが、基本的には1905年から変わっていない(1981年の変更はMONTANAの文字が加わっただけ)。旗の中央にあるのは州章。国や自治体の紋章の類については、欧州では盾型の紋章が主流だけれども、米国では印章(シール)が使われる。契約社会の米国らしい特徴だ。

その州章にはモンタナ州を象徴するロッキーの山々とミズーリ川の自然、開拓時代を示す鉱山開発の道具類が描かれている。下部のリボンにある標語モットーは「ORO Y PLATA」、すなわちスペイン語で「金と銀」とある。ゴールドラッシュで開拓されたこの地域は鉱山資源に富む。サファイアもそんな資源のひとつだというわけ。

モンタナ州章。出典はWikiMedia Commons。

昨年の今ごろ、ミネソタ州旗の変更についてリアルタイムで情報を追いながら書いていた。この時に書いたように、文字どおり取ってつけた﹅﹅﹅﹅﹅﹅州章を配置しただけのデザインは、米国の州旗にいまだ多く見られ、それらは近年変更される流れにある。

noteでは触れていなかったけれど、今年2024年にはユタ州でも旗の変更があった。

変更されたばかりのユタ州旗。これも出典はWikimedia Commons。

ほかにもメーン州やイリノイ州で州旗が変更される動きがある。モンタナ州旗も州章を配置した古いタイプの旗なので、そのうち変更されることになるだろうか。

……実のところ、モンタナ州旗にも変更の話が出たことがあった。ただ、近年の他の州旗の変更の流れとは異なる議論になっていて、そこが興味深いところ。

モンタナ州議会に州旗変更委員会設置案が提出されたのは数年前のことだ。他の州と同様にシンプルなデザインへの変更が前提にされていたのだけど、そこに待ったがかかった。シンプルなデザインにするのではなく、より伝統を重んじたデザインにすべきとのことで、なんと旗にライフルを加えるべきとの意見が出たのだ。

いわく、ライフルなど銃器こそがモンタナ州の歴史を支えてきた象徴であると。しかもそれはコロラド州で乱射事件があった直後というタイミング。よく知られているとおり、銃社会の米国ではたびたび重大事件が起き、その度に銃規制についての議論が活発になる。わたしの職場でも銃乱射を想定した避難訓練があったりする。

話が脱線しそうになった。ライフルを加えるその提案をしたのは退役軍人の議員だった。当然のことながらネイティブアメリカンの議員らからの猛反発があり、結局、州旗変更の提案は否決された。以下のリンクはそれを伝えるAP通信の記事。

モンタナ州はゴールドラッシュでやってきた欧州からの移民たちの子孫が圧倒的大多数なのだ。だから移民の視点が市民の視点になり得る。州の歴史は移民の歴史であり、鉱山開発も銃器も彼らとともにあったものだ。

わたしがモンタナ州を訪れたのは、職場でのあるプロジェクトのチームとしてだった。米国内から4名、日本と香港から1名ずつの6名編成。いわゆる人種としては、米国チームの4名のうち2名が白人で1名が黒人、もう1名が東洋系。わたしを含めた日本と香港の2名はアジア人だから、チーム全体の半分がアジア人であとは白人と黒人もいる混成チームだった。これは米国の都市部ではごくふつうに見られる人種的多様性だった。

ところがモンタナに着くと、見事にほかにアジア人の姿がなかった。黒人もネイティブアメリカンも見かけなかった。つまり、まわりは皆が皆白人だった。2010年の国勢調査の統計によると、モンタナ州では白人が89.4%、ネイティブアメリカンが6.3%、黒人が0.4%、アジア人が0.6%とのことで、黒人とアジア人の人口比率はいずれも全米最下位。わたしの体感したとおりの数字になっている。ちなみにネイティブアメリカンの比率がそこそこあるのはインディアン居留地が7か所あるため。

チームで行動していたからかとくに差別的な扱いを受けたわけではなかったけれど、好奇心の対象にはなっていたようで、どこから来たのかという質問は頻繁にされた。わたしが単独で歴史博物館を訪れたときは、むしろとても親切に対応してもらえた。博物館の方の口ぶりからもモンタナ州の開拓史に対する熱い思い入れが伝わってきた。

おそらくはスイートピーフェスティバルという夏祭のためだろうけど、カウボーイの恰好をした人も見かけた。日本で言えば時代劇の侍の扮装だろうか。広報誌にはロデオの広告なんかもあったから、扮装ではなかったかもしれない。想像以上に西部劇的な名残があるのだろうか。米国の地方と都市部の違いが感じられた。

先月のトランプ圧勝の大統領選挙にもつながることだけれども、こうした保守的な声こそ米国の現実なのかもしれない。わたしたちが報道を通して知る情報はリベラル優位の都市部から発信される情報だ。それらを通して見る米国の姿は、かならずしも現実を反映しているわけではない。

わたしが見たのはモンタナ州のごく一部だから、一般化すべきではないかもしれない。けれど、先に出した国勢調査の統計が示すように、9割近くが白人で、そのルーツが開拓時の移民となると、州旗のデザインを大きく変更する動きが鈍いことも頷ける。

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モンタナサファイアに話を戻す。

わたしが講演会をやったり寄稿したりしているこのモンタナサファイア、最近とみに人気が出ているようだ。昨今の色石ブームのおかげで、ブルー以外のファンシーカラーサファイアも注目を浴びているからだろう。

サファイアといえば、長らくミャンマー産かスリランカ産のブルーが主流だった。オークションハウスのクラスになると希少価値の高いカシミール産もある。モンタナ産はバイオレットがかった澄んだブルーのヨーゴ峡谷産が人気だ。歴史的にもカシミールに並ぶ伝統があるけれども、小粒で数も少ないため主流ではない。

ヨーゴ峡谷以外のモンタナ州産は品質が落ちるので、もともと産業用として採掘されていた。産業用の品質のものは、合成サファイアの登場でいったん市場から消えたのだけど、加熱処理で色を濃くできることがわかり、安価な宝飾用に復活した。それが近年、淡い色合いのものも市場で求められるようになったため、加熱処理されたものも非加熱で透明度の高いものも出回るようになった。

モンタナ州のいくつかのサファイア鉱山は観光資源にもなっている。観光客が実際の採掘に立ち会い、石をピックアップして研磨や処理を経てジュエリーに仕立てるまでのことができるのだ。その様子をセミナーで紹介したところ、サファイア採掘ツアーに行きたいとの声がたくさん聞かれた。

わたしは宝石業界にいるのでかなりのバイアスがあるのは自覚している。それでも、モンタナ州の近年の産業では、サファイアの存在感は確実に伸びているに違いないと思っている。

ゴールドラッシュ時に発見されて現在も人気のモンタナサファイア、ライフルよりもモンタナ州のシンボルとして適任じゃないだろうか。もしも新州旗のデザインコンペが実現したら、鉱山関係者にサファイアをあしらったデザインを提案してみようか。

宝石をデザインした自治体旗って良いと思うけどなぁ。

卓上モンタナ州旗と浅草のイベントで先月購入した淡色のモンタナサファイア

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