みたびポメラート展へ
ここ数年、ラグジュアリーブランドの展示会が増えている。美術館や博物館でおこなわれるものものあるにはあるけれど、イベントスペースや商業施設の一部で無料でおこなわれるものが多くなっているように思う。
わたしのnoteでもヴァン・クリーフ・アンド・アーペルとポメラートのものは書いているし、書いてはいないけれど、ミキモトをはじめいくつかのジュエリーブランドのものにはタイミングがあえば足を運んでいる。高級時計のものも今年になってふたつほど観た。
もとはといえば、わたしの仕事(宝石の鑑別)の参考にでもなればという気持ちで観てきたものだ。石の使い方やデザイン、技術など参考になることはもちろんあって、それ以上にブランドの世界観なんかがわかって興味深い。
そうした視点を持てると、宝石の鑑別をしていてもこの石はあのブランドならあんな感じで使いそうだなとか、ジュエリーの製品からコンセプトやこだわりポイントが見えてくるようでおもしろい。
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この秋、ポメラートが国内では3度目になる大きな無料展示会を開催していた。会場は六本木の東京ミッドタウン地下1階アトリウム。
昨年と一昨年のポメラート展ではブランド自体のプロモーション、最近はじめたハイジュエリーの紹介という感じだった。
あたりまえのことだけどハイジュエリーは高価だ。際だった宝石が使われるのにくわえてビスポーク/オーダーメイドが多いのだから当然。大量生産の既成品であっても秀逸なデザインと造りの良さにはブランドとしての不可価値があって、やはり強気の価格設定になることが多い。
今回は「ヌード クラフテッド・エモーションズ」と題された体験型イベント。ヌード(Nudo)という大量生産のラインナップにフォーカスした内容で、これまでに比べれば規模は小さくなるけど、それだけ的を絞ったシンプルな内容だ。きっとブランドの知名度を上げる段階が済んだので、求めやすい大量生産の製品を推すことにしたのだろう。
このヌードというラインナップ、わたしが一昨年に書いていたように半貴石を使いながらも研磨面の数をブリリアント・カットのダイヤモンドの57面に合わせていたり、石留めの方法が一見してわからないようなデザインが特徴。一目でそれとわかるアイコニックな製品群だ。
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今回あらたに展示されていて気になったのは、横から見ると石の色が薄く、上から見ると濃く見えるもの。リングに同系色のサイドストーンがパヴェ状に使われていたり、これまでのヌード製品よりもちょっと豪華なエッセンスがくわわっている。
センターストーンの種類は、プラジオライト(グリーン・クォーツ)、アメシスト、レモンクォーツ、ローズクォーツ、ブルートパーズの5種類。使われている石から考えると、多色性はそれほど強くないものばかりなので一瞬なにが起こっているのか理解ができない。
鑑別の現場ではパビリオン側(裏側)や台座にグリーンの塗料を塗ってエメラルドを濃く見せたものを見たことがあるけど、それはさすがにハイジュエリーをつくるブランドのやることではない。
タネ明かしをすると、真上から見て濃く見えるのは、石の向こう側、つまり台座側に同系色の石を置いているからだった。またも想像の上をゆく独創的な発想だ。
そういえば、以前のポメラート展でも無色のトパーズの下にマザー・オブ・パール(真珠貝)を組み合わせていたっけ。あの時は薄い色どうしだったけど、濃い色だとなるとこうなるのか。
台座に敷かれているのは、グリーンのプラジオライトならマラカイト(孔雀石)、ブルートパーズならラピスラズリ、アメシストならラベンダー・ジェイド(紫の翡翠)など。サイドストーンもツァボライト(グリーンのガーネット)、ブルーサファイアなど、アメシスト以外はもともと色の濃い石が使われている。
たとえば下の画像はグリーンのもの。オンラインブティックの画像をウェブサイトより借りてきた。よく見ると底にマラカイトの縞模様が見える。
リンク先には“ダブレット”とあるけど、ふたつの石は接着されているんだろうか。気泡のようなものは見えなかったので貼り合わせではないのかもしれない。
通常、ダブレットというと別の高価な石に似せた模造石を指す。それらは安価な石や合成石を貼り合わせてつくられる。
宝石学では、ふたつの異なる素材を組み合わせてひとつにしたものをダブレットと定義している。だからこのセンターストーンをタブレットと呼ぶのは間違ってはいないのだけど、模造品ではないのだからなにか別の呼び名が欲しいところだ。
独創的なダブレットといえば、何年か前にわたしが短報を書いたアメシストとトルマリンのダブレットがある。
これはカボションにカットしたアメシストの底に縞模様のあるイエロートルマリンを貼り合わせたものだった。トルマリンの縞模様でシャトヤンシー(キャッツアイ効果)が出ている、とても独創的なアイテムだ。
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今回は「体験型イベント」だけあって、過去の2回にくらべてインタラクティブな没入型の体験ができるコーナーが用意されていた。もちろん体験してみた。デザインと設計の現場そして工房の様子が自分もその空間にいるかのように伝わって来た。
特殊なデバイスを使うVR(ヴァーチャルリアリティ=仮想現実)はかなり前からあったけれど、最近は実際にステレオ(立体視・実体視)仕様で用意された動画の質が飛躍的に向上している。そのため没入感はかつてのものよりもはるかに強い。
先日原宿でおこなわれたカルティエ・ウォッチの展示会でもそうしたものを体験したのだけど、緻密な作業で造られる時計やジュエリーの工房の様子を感覚的に伝えるにはとても良い。もちろん温度や振動なんかが感じられればさらにリアルなんだろうけど、そこは今のところ想像で補うしかない。
欲を言えば技術的なところ、たとえば石留め作業を熟練した職人の技術で知るようなことまでカバーできると良いのだけど、それはまだヴァーチャルではどうしても限界がある。
そこを伝えるためなのか、没入型VRとは別に道具類をならべた展示もあった。けど、触れることはできなかったし、その道具をどう使うのかまでは知らないと想像しようがない。いや、知らないからこそ想像をかきたてる展示なのかもしれないけど。
昨年と一昨年には技術者による実演があったから、VRに消化不良な感じがしたのは事実。没入型VRブームが落ち着いたら、結局また実演型の展示が戻って来そうな気がする。
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もうひとつのインタラクティブなコンテンツとしてフォトブースがあった。
いくつかの質問に答えると回答者に似合う石が何かを診断してくれるという、ネットの占いなんかでありそうなものだった。診断が終わるとフォトブースの背景がその似合う石にあわせた色合いになる。そこに立った回答者をポラロイドカメラで撮影してくれるのが一連の流れ。診断結果は登録したメールアドレスにも届くようになっている。
わたしに似合う石として提案されたのはローズクォーツだった。
身につける宝石を診断してくれるのにどうして背景?とは思ったけど、背景全体のほうがインパクトがあるのは確かだ。
どうせならその石を使ったアイテムを試着させてくれてもよさそうなものだ。試着すれば買おうと思う客は増えそうな気がするけど、メールに販売用のリンクがないところなどをみると、ブランドとして過度な売り込みには慎重なのかもしれない。
先日、作家の川上未映子さんがこのイベントの内覧会の様子をインスタグラムに載せられていて、彼女に似合う石もローズクォーツだった。川上さんと同じ結果だったのはちょっと嬉しい。わたしは『夏物語』以来の最近のファンではあるけれど、川上作品は文芸誌掲載のものもふくめてほぼすべてを読んでいる。
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会場の東京ミッドタウンから地続きのイセタンサローネ。ここにはポメラートのポップアップ店舗があった。体験型イベントで紹介されたので行ってみた。
ここではヌードに限らずほかのラインナップも販売されている。試着もできる。なるほど無料イベントからの誘導としてはよくできている。購入するつもりはまったくないにもかかわらず、いろいろ質問させてもらった。
上に書いたヌードのダブレット製品については、ここで実物を見せてもらいながら使われている石について詳しく教えてもらった。隙間に埃が入ったりはしないのかとか、クォーツの製品が多いので欠けたりすりキズがついたら再研磨してくれるのかなども質問した。
なお、欠けたりしたらセンターストーンの交換になるとのこと。たしかにすべておなじカットだしインクルージョンもほとんどなさそうだからそれで良いのかもしれない。
ポップアップ店舗にはもちろんヌード以外のラインナップもそろっていた。イコニカ(ICONICA)というラインナップに、小さなカラーストーンを肉厚なピンクゴールドに埋め込んだリングがあって、その石がなんなのかを考えるのが楽しかった。
パイロープ・ガーネット、タンザナイト、レッドスピネル、ピンクトルマリン、デマントイド・・・といろいろなものが使われている。しかし驚いたことに、オレンジ色の石は「オレンジサファイア(トリートメント)」とのことだった。
え?
この色でわざわざ「トリートメント」としているということは確実にベリリウム拡散処理だろう。約20年前に宝石業界を席巻した処理だ。ベリリウムを外部から拡散させることでピンクサファイアにオレンジ色をつけて、人気のパパラチアのような色合いに見せていた。当初は鑑別機関の検査で軽元素のベリリウムが検出できず、宝石市場に大混乱を引き起こした。
ハイジュエラーの製品では、とくに大量生産品では、全体のデザインを重視して処理の有無にはこだわらずに石が使われることがわりとある。それにちゃんと開示しているのだから倫理上の問題はない。昨年のイベントでもブラックダイヤモンドが処理石として表記されていた。
しかし・・・これはあのベリリウム処理のオレンジサファイアである。一般消費者はあまり気にしないのかもしれないけれど、宝石業界人はもちろん宝石にそれなりに思い入れのある人(いわゆる石沼の住人)なら、複雑な気持ちになると思う。
濃いオレンジ色の石ならメキシカン・オパールとかスペサルティン・ガーネットとかほかの選択肢もありそうなだけに、よりによってどうしてこれを?という違和感が残った。
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以上で今回のポメラート展にまつわる話はおしまい。
東京ミッドタウンはところどころにオブジェが飾られていて、それらを観ながら歩くのも楽しかった。オブジェはガラス製の作品が多く、照明による効果がわかりやすく展示されているものも多かったから、ポメラート展を観たのと近い感覚で観られた。
その後、わたしはおなじ六本木の森タワーでブラックジャック展を観て、その後エアレースのために渋谷まで出かけたのだけど、それらについてはまたの機会に書くつもり。