数学と証明と物語と。【第8話】素数判定
古い数学の本を読んだ。人類は数学の世界に確固たる強力な地盤を築き上げることに注力して、そして、失敗したらしい。何よりも正確な数学の世界でさえ、混沌の中にいることが証明されてしまったのだ。私たちは何を信じればいいんだろう。絶望を感じる。
これまで何千年と、人類は数学の世界を渡り歩いてきた。しかし、その地面が揺ぎ無いものだと信じていた人々を嘲笑うかのように、カオスは幻影で世界を覆いつくす。
次のことを証明してみよう。
【証明開始】
$${\sqrt{N}}$$ をこえない最大の素数を $${n}$$ とする。$${N}$$ が $${n}$$ 以下の素数で割り切れず、$${n}$$ より大きい素数で割り切れたと仮定する。しかし、このときの商は必ず $${n}$$ 以下になるから、$${N}$$ は $${n}$$ 以下の素数で割り切れるはずであり、不合理である。したがって、$${N}$$ は素数である。
【証明終了】
とりあえず証明できた気がする。正しいのかな。自分ではどうにも判断できないね。間違っていたら誰か教えてほしい。証明は楽しいけど、正しいかどうか判定するのが難しい。証明の正誤判定ができるAIとかできないのかしらん。
放課後の部室、私ひとりだけ。明人も紗香さんも今日は用事があるらしい。誰もいない。数学研究部は冷たく静かに佇んでいる。5月にしては肌寒いかも。太陽の光は温かいけど。カーテンが風に揺れて、夕暮れは斜めに私を突き刺す。
私は机の上に広げたノートと鉛筆を前に一息ついた。今日の授業のノートも整理しておこうと思っていたけど、なんとなく気持ちが乗らない。この静けさ、季節の変わり目の気配、そして何よりも部室に一人きりという状況が、どこか懐かしさを感じさせた。
第8話、おわり
参考文献① : 笹部貞市郎『定理公式証明辞典』
参考文献② : 結城浩『数学ガール』