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大国主とスセリ姫
八十神に追われたオオナムチ(後の大国主)は、根の堅州国に住むスサノオに会いに行くことになりました。
スセリ姫との出会い
スサノオに会いに来たオオナムチ。そこで娘のスセリに出会います。
故詔命のまにまにして須佐之男命の御所に参到れば、其の女須勢理毘売出で見て、目合為て、相婚はむと還り入り、其の父に白して言さく、「いたく麗しき神来たり」とまをす。爾に其の大神出で見て、「此は葦原色許男と謂ふぞ」とのりたまふ。
意訳:言われた通りスサノオの元へ参上すると、娘のスセリ姫が出て来ました。すると目を合わせただけで結婚し、姫は家に帰り父に「とても素敵な神が来ました」と告げました。「これは葦原色許男だな」と言いました。
*目を合わせただけで一目惚れのスセリ姫。「目合」は、「めあわせ」「まぐわい」と読みますが、ここでは「見つめ合い愛情を交わす」という意味になります。
*葦原色許男の名ですが、葦原は「葦の生える原」という意味で日本を意味します。葦は成長が早い事から神霊として捉えられ、しばしば神の名に使われています。色許男は、色男や強い男のような意味合いです。
オオナムチの試練
スセリ姫と結婚したオオナムチですが、スサノオは婿に試練を与えます。
喚び入れて、其の蛇の室に寝しめたまふ。是に其の妻須勢理毘売命、蛇の比礼を以ち、其の夫に授けて云はく、「其の蛇咋はむとせば、此のひれを三たび挙りて打ち撥ひたまへ」といふ。故教の如せしかば、蛇自ら静まりき。故、平く寝て出でたまひき。
亦来る日の夜は、呉公と蜂との室に入れたまひしを、且呉公蜂の比礼を授けて、先の如教へたまひき。故、平く出でたまひき。
意訳:オオナムチを呼び入れて、蛇の部屋に寝させました。そこで、妻のスセリ姫は夫に「蛇のひれ」を与えて、「蛇が噛みつこうとしたら、布を3回振って打ち払ってください」と言いました。その通りにすると蛇は静まり、オオナムチは安らかに眠って、出て行きました。
次の夜は、ムカデと蜂の部屋に入れられましたが、ムカデと蜂のひれ
を与えると、無事に出てきました。
*「ひれ」は「領巾」や「比礼」と書き、古代の女性の服飾品で肩からかける細い布です。
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オオナムチへの過酷な試練は、さらに続きます
亦鳴鏑を大野の中に射入れて、其の矢を採らしめたまひき。故、其の野に入りし時、即ち火を以ちて其の野を廻し焼きき。是に出でむ所を知らざる間に、鼠来て云ひけらく、「内は富良富良外は須夫須夫。」といひき。
如此言へる故に、其処を蹈みしかば、落ちて隠り入りし間に火は焼け過ぎき。爾に其の鼠、其の鳴鏑を咋ひ持ちて、出で来て奉りき。其の矢の羽は、其の鼠の子等皆喫ひつ。
意訳:次にスサノオは、鏑矢を大きな野に放ち、オオナムチに取りに行かせます。その時、野に火を放たれ逃げ場を失いますが、ネズミがやって来て「内はほらほら、外はずぶずぶ」と言いました。
そこで、その足元を踏むと地中の穴に落ち、火はその上を通って行きました。すると、ネズミがやって来てオオナムチに鏑矢を献上しました。矢の羽はネズミの子が食べてしまいました。
*「ほらほら」は洞、「ずぶずぶ」は搾を意味し、入り口が狭く中が広い地下にあるネズミの住処を表現しています。
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是に其の妻須勢理毘売は、喪具を持ちて、哭きて来、其の父の大神は、已に死にぬと思ひて其の野に出で立ちたまひき。爾に其の矢を持ちて奉りし時、家に率て入りて、八田間の大室に喚び入れて、其の頭の虱を取らしめたまひき。故爾に其の頭を見れば、呉公多なりき。
意訳:夫が焼け死んだと、スセリ姫は泣きながら葬儀の道具を持って来ました。スサノオは、死んだと思い野に立ちました。するとオオナムチが矢を持って来たので、家に連れ帰りました。そして柱のある大広間に呼び入れて、スサノオは頭のシラミを取らせました。よく頭を見てみると、ムカデが沢山いました。
*頭にムカデとなると、スサノオは巨人なのでしょうか。そのスサノオがいる部屋「八田間の大室」は、「八」は数ではなく「とても大きい」という意味ですので、つまり大広間です。
是に其の妻、牟久の木の実と赤土とを取りて、其の夫に授けつ。故、其の木の実を咋ひ破り、赤土を含みて唾き出したまへば、其の大神、呉公を咋ひ破りて唾き出すと以為ほして、心に愛しく思ひて寝ましき。
意訳:スセリ姫はムクの木の実と赤土を取り、そのオオナムチに授けました。そして、その実を食い破り赤土を口に含んで吐き出すと、スサノオはオオナムチがムカデを噛み砕いて吐き出しているのだと思い、可愛い奴だと思って、寝てしまいました。
*ムクノキは落葉広葉樹で、古代から建材として利用され葉は研磨剤として使われていました。実も食用になります。
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オオナムチの反撃と駈落ち
スサノオに信用されたオオナムチは反撃にでます。
爾に其の神の髪を握りて、其の室の椽毎に結ひ著けて、五百引の石を其の室の戸に取り塞えて、其の妻須勢理毘売を負ひて、即ち其の大神の生大刀と生弓矢と、及其の天の詔琴を取り持ちて逃げ出でます時、其の天の詔琴樹に払れて地動み鳴りき。
意訳:眠ったスサノオの髪を握って部屋の柱に結び、五百引の石をその部屋の入り口の戸に置いて塞ぎ、そして妻であるスセリ姫を背負い、スサノオの生大刀、生弓矢、天の詔琴を持って逃げると、天の詔琴が木に触れて大地が揺れるような大きな音がしました。
*「五百引」は500人くらいで運ぶという比喩です。持ち逃げした剣と矢と琴は、出雲における三種の神器です。
故、其の寝ませる大神、聞き驚きて、其の室を引き仆したまひき。然れども椽に結ひし髪を解かす間に、遠く逃げたまひき。
故爾に黄泉比良坂に追ひ至りて、遥に望けて、大穴牟遅神を呼ばひて謂ひけらく、「其の汝が持てる生大刀・生弓矢を以ちて、汝が庶兄弟をば、坂の御尾に追ひ伏せ、亦河の瀬に追ひ撥ひて、意礼大国主神を為り、亦宇都志国玉神と為りて、其の我が女須勢理毘売を鏑妻と為て、宇迦能山の山本に、底津石根に宮柱ふとしり、高天原に氷椽たかしりて居れ、是の奴」といふ。
意訳:その音を聞いたスサノオは目を覚まし、建物を引き倒しますが、柱に結ばれた髪を解いている間に、二人は遠くへ逃げ去っていました。
黄泉比良坂まで追いかけますが、遠くにいるオオナムチに「お前が持つ生大刀と生弓矢で、お前の兄弟を坂のすそに追いつめ、川の瀬に追い払って、大国主となれ、そして宇都志国玉神として、娘のスセリを正妻として宇迦の山のふもとに太い柱を立て、高い宮に住め。このやろう!」と言いました。
*黄泉比良坂は、イザナギが黄泉の国から逃げる時にも登場するあの世とこの世の境です。
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*オオナムチは、ここで国の統治者として「大国主」という名を得ます。「宇都志国玉神」は、国の魂の神という意味になります。
*「宇迦の山」は出雲大社の北側にある御崎山を指します。現在は「弥山」としてハイキングコースにもなっています。
国作りと八上比売
故、其の大刀・弓を持ちて、其の八十神を追ひ避くる時に、坂の御尾毎に追ひ伏せ、河の瀬毎に追ひ撥ひて、始めて国を作りたまひき。
意訳:スサノオの生大刀と生弓矢で、八十神を坂のすそに追いつめ、川の瀬に追い払い、初めて国を作りました。
*スサノオから持ち逃げした武器で、ついに八十神を退けたオオナムチでした。
故、其の八上比売は、先の期の如く美刀阿多波志都。故、其の八上比売をば率て来ましつれども、其の鏑妻須勢理毘売を畏みて、其の生める子をば、木の俣に刺し挟みて返りき。故、其の子を名づけて木俣神を云ひ、亦の名を御井神と謂ふ。
意訳:結婚した八上比売を連れて来ましたが、正妻のスセリ姫を恐れて、生んだ子を木の股に挟んで因幡国へ帰ってしまいました。そして、その子を木俣神、またの名を御井神といいます。
*木俣神と御井神は、全国の御井神社で水と安産の神として祀られています。
この古事記に書かれた八十神とオオナムチの話は、国々の争いを表しており、敗れた国の王族オオナムチが、数々の試練を乗り越え出雲のスサノオの力を借りて、他国に勝利するという英雄譚のような解釈や、またヤガミヒメは豪族の首長であり、その地で取れる翡翠の巡る争いを八十神とオオナムチとして表現したという説もあります。
「大国主と神話の神々」大国主の話をまとめてあります。