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大国主と正妻スセリ

高志国のヌナカワ姫と結ばれた大国主でしたが、今度は大和へ向かおうとする夫に、正妻のスセリ姫は歌を送ります。

大和への旅支度

又其の神の嫡后須勢理毘売命、甚く嫉妬為たまひき。故、其の日子遅の神和備弖、出雲より倭国に上り坐さむとして、束装し立たす時に、片御手は御馬の鞍に繁け、片御足は其の御鐙に蹈み入れて、歌ひたまひけらく

古事記

意訳:正妻のスセリ姫はとても嫉妬深いので、八千矛は困惑していました。出雲から大和へ向かうために旅支度をしていた時に、片方の手を馬の鞍にかけ、片方の足をあぶみに入れ、歌を歌いました。


三色の衣装

ぬばたまの 黒く御衣を
まつぶさに 取り装ひ
沖つ鳥 胸見る時
はたたぎも これは適さず
辺つ波 そに脱き棄て
そに鳥の 青き御衣を
まつぶさに 取り装ひ
沖つ鳥 胸見る時
はたたぎも 此適はず
辺つ波 そに脱き棄て
山県に 蒔きし
あたね舂き 染木が汁に
染め衣を まつぶさに
取り装ひ 沖つ鳥
胸見る時 はたたぎも
此し宜し いとこやの
妹の命 群鳥の
我が群れ往なば 泣かじとは
引け鳥の 我が引け往なば
泣かじとは 汝は言ふとも
山処の 一本薄
項傾し 汝が泣かさまく
朝雨の 霧に立たむぞ
若草の 妻の命
事の 語言も 是をば

古事記

意訳:黒い衣装を、ぴたりとお召しになり
沖の水鳥のように、首を曲げて胸元を見ながら
袖を羽繕いするように、バタバタするのは似合わない
浜辺の波が引くように、服を脱ぎ捨て
カワセミのような、青い衣装をきっちり着て
沖の水鳥のように、首を曲げて胸元を見ながら
袖を羽繕いするように、バタバタするのは似合わない
浜辺の波が引くように、服を脱ぎ捨て
畑で育てたタデで藍色に染めた衣装を、ぴたりとお召しになり
沖の水鳥のように、首を曲げて胸元を見ながら
袖を羽繕いするように、バタバタするとこれは似合う
愛する妻よ
私と家臣が群れる鳥のように旅立ち、私がここを去ったなら
泣かないと言ったあなたも、山のススキのようにうなだれ
泣いてしまい、朝霧のように立ち込めるだろう
我が妻よ
これを語りごととしてお伝えします。

*黒い服と青い服は似合わないが、藍色の服は合うという話で同じ文章が繰り返します。ヌナカワ姫の歌と同じく水鳥に例えています。

羽を休める水鳥

仲直りした夫婦

爾に其の后、大御酒坏を取り
立ち依り指挙げて、歌ひたまひけらく

八千矛の 神の命や 吾が大国主
汝こそは 男に坐せば
打ち廻る 島の埼埼
かき廻る 磯の埼落ちず
若草の 妻持たせらめ
吾はもよ 女にしあれば
汝を除て 男は無し
汝を除て 夫は無し
綾垣の ふはやが下に
苧衾 柔やが下に
栲衾 さやぐが下に
沫雪の 若やる胸を
栲綱の 白き腕
そだたき たたきまながり
真玉手 玉手さし枕き
股長に 寝をし寝せ 
豊御酒 奉らせ

かく歌ふ。うきゆき為て、うながけりて、今に至るまで鎮まり坐す。
此れを神語と謂ふ。

古事記

意訳:その歌をきいて、后は杯を手に取って夫の側に立ち
寄り添って杯を高くかざして、歌ったことには、

八千矛の神の命よ、わが大国主よ
あなたこそは男でいらっしゃるから
訪れる島の崎ごとに
訪れる磯のどこにでも
若草の妻がいるのでしょう
でも私は、女ですので
あなた以外には、男はおりません
あなたを除いては、夫はありません
綾のとばりの、ふわふわと揺れる下で
絹の柔らかい布団を下にして
楮のふすまの、ざやざやと鳴る下で
(淡雪のような)若々しい胸を
(こうぞの様な)私の白い腕を
そして絡み合い、玉のように美しい私の手を枕にして
足を伸ばして、お休みなさいましょう
このお酒を、お召し上がり下さい

このように歌いました。それで杯を交わして誓い、手を掛け合って抱き合い、今に至るまで鎮座しています。この歌と物語を神語と言う。

*ここで八千矛は大国主とスセリが言っています。父のスサノオと共に、娘にも「大国主」と認められます。
こうして仲直りし夫婦で鎮座した二柱は、現在は出雲大社に祀られています。

出雲大社

この話は、八千矛のヌナカワ姫への求婚と、正妻スセリ姫との仲直りという恋物語ですが、さまざまな説が唱えられています。大国主の婚姻による地方支配であるとか、全く別の地方の神話を、大国主の逸話として加えた、などという説があります。

大国主の歩みは、マガジン「大国主と神話の神々」をご参照ください


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