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大国主とヌナカワ姫
スサノオの試練を乗り越え、スセリと駈落ちした大国主ですが、美女探しの旅は続きます。
八千矛神、高志国へ
此の八千矛神、高志国の沼河比売を婚はむとして、幸行でましし時、其の沼河比売の家に到りて、歌ひたまひけらく
意訳:この八千矛神、高志国(福井県から新潟県の沿岸部地域)のヌナカワ姫と結婚しようと、家に行き歌を捧げます。
*別名の八千矛は、多くの矛を意味しますが、武器を男性器に準え豊穣と指すという解釈もあります。また沼河は、古事記以外では奴奈川、奴奈宜波とも書かれます。
八千矛の歌
八千矛の 神の命は
八島国 妻枕きかねて
遠遠し 高志の国に
賢し女を 有りと聞かして
麗し女を 有りと聞こして
さ呼ばひに あり立たし
呼ばひに あり通はせ
大刀が緒も いまだ解かずて
襲をも いまだ解かねば
嬢子の 寝すや板戸を
押そぶらひ 我が立たせれば
引こづらひ 我が立たせれば
青山に ぬえは鳴きぬ
さ野つ鳥 雉はとよむ
庭つ鳥 鶏は鳴く
心痛くも 鳴くなる鳥か
この鳥も 打ち止めこせね
いしたふや 天馳使
事の 語言も 是をば
意訳:八千矛神は、八島(日本中)で好ましい妻を娶ることができませんでしたので、遠い遠い高志国に賢い女性が居ると聞き、美しい女性が居ると聞いて、結婚しようと出発し、何度も求婚に通いました。
太刀の緒も解かず、重ね着を脱がず、乙女が寝ている家の戸を揺さぶっていると、山のぬえ(トラツグミ)が鳴きました。野のキジが鳴きました。庭のニワトリが鳴きました。
忌々しく鳴く鳥たちよ、こんな鳥は叩いて喉を締めてしまえ
これを語りごととしてお伝えします。
*いきなり家の戸を揺らし、鳴く鳥に文句を言う大国主。ぬえは夜、鶏は朝に鳴く鳥で、キジは大国主を見て鳴いたのでしょう。
天馳使は「天から来た馳使の従者」ですが、この歌が三人称で歌い出すことから、「語り部」という意味合いで使われています。
浦渚の鳥
八千矛の 神の命
ぬえ草の 女にしあれば
我が心 浦渚の鳥ぞ
今こそは 我鳥にあらめ
後は 汝鳥にあらむを
命は な死せたまひそ
いしたふや 天馳使
事の 語言も 是をば
意訳:八千矛の神よ
わたし、はなよなよとした草のような女ですから
わたしの心は入り江の洲にいる鳥です
今は相手のいない鳥ですが
いずれ、あなたり寄り添う鳥になりますから
どうか、あの鳥を殺さないでください。
これを語りごととしてお伝えします。
*ヌナカワ姫は戸を開けず、寝室から歌います。
あやにな恋ひ聞こし
青山に 日が隠らば
ぬばたまの 夜は出でなむ
朝日の 笑み栄え来て
栲綱の 白き腕
沫雪の 若やる胸を
そだたき たたきまながり
真玉手 玉手さし枕き
股長に 寝は寝さむを
あやに な恋ひ聞こし
八千矛の 神の命
事の 語言も 是をば
とうたひき。故、其の夜は合はずて、明日の夜、御合為たまひき。
意訳:青い山に日が沈んだら、夜にお出でください
朝日のような笑顔で来て、(こうぞの様な)私の白い腕
(淡雪のような)若々しい胸を、やさしく愛撫し
そして絡み合い、玉のように美しい私の手を枕にして
足を伸ばして、お休みなさいましょう
だから、あまり恋焦がれないでください
これを語りごととしてお伝えします。
…と、歌いました。
そして、この夜は会わずに、次の日の夜にお会いしました。
*「明日の夜に、また来てくださいね!だから焦らないでね!」と、八千矛を諭すヌナカワ姫でした。
ヌナカワ姫の伝説
ヌナカワ姫にまつわる伝説や史跡は、新潟県糸魚川市や上越市に多く、天津神社の摂末社、奴奈川神社では主祭神として祀られています。
また伝承では、諏訪大社に祀られている建御名方は、大国主とヌナカワ姫の子とされ、摂末社の子安社に祀られています。
万葉集とヒスイ
万葉集にも詠まれている「沼名川」は、ヌナカワ姫に由来し、現在の姫川とされています。
沼名川の 底なる玉 求めて 得し玉かも 拾ひて 得し玉かも あたらしき君が 老ゆらく惜しも
意訳:沼名川の底にある玉、探し求めて手に入れた玉よ、拾ってもっている玉よ。その如く大切なあなたの老いてゆくのが惜しいよ。
大国主がヤガミ姫に会いに行く話は、翡翠の利権を求める他国との争いを表しているという説もありますが、先述の万葉集の「玉」も翡翠を指しますので、ヌナカワ姫の話も同様に翡翠絡みだという説があります。
こうしてヌナカワ姫と結ばれた大国主ですが、嫉妬深い本妻のスセリ姫が黙ってはいませんでした。
大国主の話は、マガジン「大国主と神話の神々」にまとめています。