modulation transfer spectroscopyのめんどくさいけど簡単な理解を目指す覚書
これまでレーザーの周波数を原子の遷移周波数に合わせる方法がいろいろと発明されてきた。いろいろな方法の中でもドップラーフリー分光は原理を理解するのが大変でその中でもmodulation transfer分光はいまいちよくわからなかったので、近似と単純化された物質モデルを用いて実際に手を動かして納得した気になりたかった。
さて、本題に入る。
・modulation transfer分光の原理
3次の非線形感受率は虚部をもつが、ここでの議論ではそれを考慮に入れず、非線形感受率は実であるとして計算を行った。共鳴付近での振る舞いを記述するには不十分な仮定であるが、四光波混合の過程によって三つの異なる波数を持つ光が四つ目の新たな光を誘起する現象を定性的に説明することは可能である。この四つ目の光こそがmodulation transferにおけるBragg散乱そのものである。非線形感受率の虚部まで考慮したより正確な理論はまだ考え中。
・2次の非線形光学効果
電場$${E}$$に対して分極$${P}$$が
$$
P_i=\epsilon_0 \chi_{ijk} E_j E_k
$$
と書けるとき、空間の反転を考える。
$$
r \rightarrow -r
$$
という操作に伴って、電場、および分極は新しい座標において、
$$
E'= -E
P'= -P
$$
と表される。この時、感受率$${\chi_{ijk}}$$が空間の反転に対して対称、すなわち、
$$
\chi'_{ijk}= \chi_{ijk}
$$
を満たすとき、
$$
P'i=\epsilon_0 \chi '_{ijk}E'_j E'_k=\epsilon\chi _{ijk}(-E_j)(-E_k)=P_i=-P'_i
$$
$$
\therefore P'_i=0
$$
このように、空間の反転に対して$${\chi_{ijk}}$$を保つような物体には2次の分極は生じない。空間反転対称な物体に生じうる非線形分極のうち、最低次のものは3次の非線形分極である。
・3次の非線形分極による放射について(pump光の偏光とprobe光の偏光が直交する場合)}
probe光とpump光はそれぞれ$${x}$$、$${y}$$方向の直交した偏光であるとする。すなわち、
$$
E_{probe}= E\cos(k z-\omega t)e _x
$$
$$
E_{pump}= E [\cos{(-kz-\omega t)} \\ +\delta \cos {(-kz-(\omega+\omega _m)t)}-\delta \cos (-kz-(\omega-\omega_m) t) ]e _y
$$
とする。また、pump光のcarrierとside bandの波数は、ほぼ等しいと仮定して、$${ k(\omega) \sim k(\omega \pm \omega_m)=k }$$とする(この仮定については、後で詳しく述べる。)。
この時、全体の電場$${ E_{tot}=E_{probe}+E_{pump}=(E_1, E_2, 0) }$$は、
$$
E_1=E\cos{(k z-\omega t)}
$$
$$
E_2= E [ \cos(-k z-\omega t) \\ +\delta \cos(-kz-(\omega+\omega_m)t) -\delta \cos(-kz-(\omega-\omega_m)t)]
$$
となる。原子の3次の非線形感受率を$${\chi_{ijkl}(\omega;\omega_1,\omega_2,\omega_3)}$$とすると、一般に3次の分極は、
$$
P^{(3)}_i=\epsilon_0 \sum_{j, k, l} \sum_{\omega' \in { \omega _1 \pm \omega_2 \pm \omega_3 }, \omega'>0 } \chi_{i j k l}(\omega') { E_ j (\omega _1) E_ k (\omega _2) E_ l (\omega _3) }
$$
と表される。ただし、
$${E_j(\omega_1)}$$、$${E_k(\omega_2)}$$、$${E_l(\omega')}$$は、$${E_j(\omega_1)E_k(\omega_2)E_l(\omega_3)}$$の$${\omega'}$$
の周波数成分を表す。また、$${\omega'}$$
についての和は、$${\omega '=\omega _1 \pm \omega _2 \pm \omega _3}$$の組み合わせの内、
$${\omega'}$$が正のものをすべて取る。今後、このような条件を満たす$${\omega'}$$の集合を$${\left\lbrace\omega'\right\rbrace}$$と書くことにする。さらに、$${j ,k ,l}$$についての和の記号を省略することにする。
また、非線形感受率$${\chi _{ijkl}(\omega',\omega _1,\omega _2,\omega _3)}$$は、$${j ,k ,l}$$および$${\omega _1,\omega _2,\omega _3}$$に関する置換に対して不変であるとする(固有置換対称性)。
いま、$${\delta}$$が十分に小さいとし、$${\delta}$$の1次の項まで3次の分極を計算し破壊的に干渉する項を除き、波数が$${k}$$であるものを取り出す、すなわち、波数、周波数の組み合わせが$${(k,\omega),(k,\omega+\omega _m),(k,\omega-\omega _m)}$$のもののみを抜き出す。この様な分極が生み出す光はconstractiveに干渉し成長する(phase matching)。また、3倍波も位相整合は取れていないとし、これは無視することにする。
$$
P^{(3)}_i(z,t)=E^3\epsilon_0 \left[ 3\chi_{i111}
(\omega;\omega,\omega,\omega)\cos{(kz-\omega t)}
+\frac{3}{2} \delta \left\lbrace \chi_{i111}(\omega+\omega _m;\omega,\omega+\omega_m,\omega)-\chi_{i111}(\omega+\omega _m;\omega,\omega-\omega _m,\omega) \right\rbrace \cos{(kz-(\omega+\omega_m) t)}+\frac{3}{2} \delta \left\lbrace \chi_{i111}(\omega-\omega _m;\omega,\omega+\omega_m,\omega)-\chi_{i111}(\omega-\omega _m;\omega,\omega-\omega _m,\omega) \right\rbrace \cos{(kz-(\omega-\omega _m) t)} \right]
$$
・非線形分極による輻射の伝搬
物質中のマクスウェル方程式から以下の非線形媒質における伝搬方程式が導かれる。
$$
\nabla ^ 2E=\epsilon \mu_0\frac{\partial ^2 E}{\partial t^2}+\mu_0\frac{\partial ^2 P^{NL}}{\partial t^2}
$$
ここで、$${P^{NL}}$$は非線形分極である。
$${P^{NL}_i=P^{(3)}_i(z,t)}$$を代入してこの伝搬方程式を解くことによって$${P^{(3)}_i(z,t)}$$が生じる光のサイドバンドが入射光のサイドバンドと逆向きに進みながら成長することがわかる。
3次の非線形分極による放射について(pump光の偏光とprobe光の偏光が同じ場合も同様のアプローチで計算可能である。
・carrierとside bandの波数のずれについて上の議論では、pump光のcarrierとside bandの波数がほぼ等しいとして計算したが、一般に波数は周波数の関数なのでこのような近似が成り立つための条件を示す必要がある。
今考察している実験の条件から、この近似ができることを、次に示す。
2準位原子に対する考察から、1次の感受率は、次のようにあらわされる。
$$
\chi^{(1)}(\omega)=\frac{6}{3}\pi N \left( \frac {\lambda} {2\pi} \right) ^3\frac{-x+i}{1+x^2}
$$
ただし、$${N}$$は個数密度、$${x=\frac{\omega-\omega_0}{\gamma}}$$である。(1/3の係数は原子の量子化軸の方向がバラバラであることからつく)
このとき、複素屈折率$${n=n_R+in_I}$$は、$${\chi^{(1)}(\omega)}$$が十分に小さいとき、$${n \approx 1+\frac {1}{2} \chi^{(1)}(\omega)}$$
と表される。共鳴($${x=0}$$)における原子気体のODが1程度の時、この近似は以下のように成り立っていることがわかる。
$$
n_I=\pi N (\lambda_0/2\pi )^3
$$
より、原子気体の長さを$${L(=20 \mathrm{mm})}$$と置くと、
$$
\mathrm{OD}=2n_Ik_0L =2\pi N (\lambda_0/2\pi) ^3k_0L \sim 1
$$
であり、共鳴における波長が$${500 \mathrm{nm}}$$とすると、
$$
2\pi N (\lambda_0/2\pi) ^3 \sim \frac{\lambda_0}{2 \pi L} =4 \times 10^{-6}
$$
従って、$${|\chi^{(1)}(\omega)|\ll1}$$。
次に、共鳴付近において、周波数が$${\omega}$$と$${\omega\pm \omega _m}$$のそれぞれの波数の差$${\Delta k}$$を計算する。
真空中での光の波数を$${\kappa_0(\omega)=\omega/c}$$、原子気体の屈折率の実部を$${n_R(\omega)}$$と書くと、$${\Delta k}$$は以下のようにあらわされる。
$$
\Delta k = n_R ( \omega ) \kappa_0 ( \omega ) -n_R(\omega \pm \omega_m) k ( \omega \pm \omega_m)
$$
$$
\sim \frac{\omega}{c}[ n_R(\omega)-n_R(\omega\pm \omega_m)] -\frac{\pm \omega _m}{c}n_R(\omega\pm \omega_m)
$$
共鳴付近では$${n_R(\omega)}$$は、最大でも$${1+\pi N (\lambda/2\pi)^3/2\sim 1+10^{-6}}$$であり、$${\omega_m\sim\Gamma\sim2\pi \times 30\mathrm{MHz}}$$であることから、第2項はおよそ$${2\pi \times 10^{-2} \mathrm{m^{-1}}}$$である。
carrierの周波数が共鳴に一致したときに、屈折率の差$${n_R(\omega)-n_R(\omega \pm \omega_m)}$$が最大となるが、この値は$${\omega_m \sim \Gamma \sim 2\gamma}$$の時、$${n_R(\omega)-n_R(\omega \pm \omega_m)=\pi N (\lambda/2\pi)^3\frac{\omega_m/\gamma}{1+(\pm \omega_m/\gamma)^2}=8\times 10^{-7}}$$であるので$${\kappa_0(\omega)\times 8 \times10^{-7}=8 \times 10^{-7} \times 2 \pi / \lambda \sim 10 \mathrm{m^{-1}}}$$
以上より、第1項が主要な項であり、$${\Delta k}$$が及ぼすcarrierとsidebandの位相の差が$${\pi}$$に等しくなるために必要な距離(coherence length,$${l_c}$$)は、$${\pi/\Delta k\sim 314 \mathrm{mm}}$$となる。これは、典型的な原子気体セルの長さ$${20 \mathrm{mm}}$$に対して十分に大きいので、pump光のcarrierとside bandの波数がほぼ等しいという近似が妥当であるといえる。また、$${l_c}$$は$${\mathrm{OD}}$$に反比例し、$${\mathrm{OD}}$$は最大でも1なので、この近似は今考えている実験においてはいつも成り立つ。