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身体と心を考える 聖地熊野の漢方薬屋7最近気になる「腎」 

私自身が還暦を超えてすでに数年になったためか、ここ最近肉体・精神の衰えが気になります。漢方医学では老化は「腎」の衰えととらえます。近年N H Kの「ヒューマニエンス」や「NHKスペシャル」などで最新の情報を元に「腎臓」を取り上げています。
漢方で「腎」と言う概念があり、最新の研究で明らかになった働きがすでに近代医学が成立する以前からその事実に気が付いていたのではと思ったりしています。今回はそんな「腎」と「腎臓」について。
 


「水毒」と気候


 
いきなり「水毒」という漢方用語を使いましたが、漢方の診断上の物差しのひとつ「氣血水(きけつすい)」の「水」が過剰または偏在の状態を言います。
 
「水は生体の物質的側面を支える無色の液体」と言われています(寺澤捷年「和漢診療学」)。「水毒」は「水滞」とも言いますが、平たく言いますと「水はけの悪い身体、顔や手足が浮腫んで冷える、身体がなんとなく重だるい…」といった状態。身近な例では二日酔いです。飲みすぎた翌朝、顔が浮腫み、身体は重く、頭が痛いと感じた経験のある方は、大勢いらっしゃると思います。
 
この体内の余分な「水」が実は気候に反応しやすくなると思われます。低気圧が近づき湿度が上昇するとめまい、耳鳴りが気になるとか、身体が重く感じるとかは、現代的には「気象病」というそうですが、そもそも身体に余分な「水」が存在すると、その影響が出てきやすいとも思っています。また日本独特の自然環境、特に西日本の多雨地帯、私の住む熊野エリアなどが代表的ですが、湿気が多く、乾燥しにくい土地で、もしかしたらですが、「水毒体質」の方が他より多いような気もしています。
 

漢方医学の「腎」と「腎虚」、その対策


 
漢方医学では、「腎」は生命の源であり、一生の生命力を左右し、西洋医学の腎臓の働きと同様、水分代謝を担う他、漢方医学独自の考え方では成長、発育、生殖にも関係します。
「腎」は先天性のエネルギー(親から受け継ぐもの。過労によって消耗)と後天性のエネルギー(食事から得るもの。「脾」の力によって食物から得、「肺」の力によって空気から得る) を腎のエネルギー“腎精”として貯蔵し、 各臓器に供給します。この腎精は生殖・成長・発育や生命活動を維持する基礎のエネルギーとして利用されます。「老化」「衰弱」はこの腎精の低下によるもので、「腎」は生体活動の源と捉えられています。 
 
「腎」が働くには、先ほど述べた「腎」に宿る精【腎精】 が必要です。腎精には、生まれ持った精(先天の精)と、 食物や大気から得る精(後天の精)がありますが、これらの腎精は成長期のエネルギー源として利用されます。 腎精は青年期にピークに達しますが、加齢とともに減少し、中年期以降では不足します。腎の働きが悪くなり、身体に不調が現れている状態では この腎精が不足していることになります。この状態を「腎虚」と呼びます。 近年では食生活の 乱れや不規則な生活、ストレス、過労などにより、若くして腎虚となる方が増えてきています。またその人が誕生する際に大変な難産であった(先天の気を誕生の際に消耗する)とか、幼少時に大病をしたとかが腎虚になる原因ともなります。
 
腎虚の症状としては、精力減退・インポテンツ 足腰の重だるさ・冷え症・耳鳴り・手足のむくみ・白髪・頻尿・排尿困難・のぼせ・歯の脱落・骨がもろい・成長遅滞ホルモン分泌異常・生理不順・不妊などがあげられます。最近、若い男性にもかかわらず、精子の量や運動量が少ない、変形した精子が多いなど、不妊につながる要因が多い事実は、あきらかに腎虚に該当すると言えるでしょう。
 
腎虚による体調不良や老化を防ぐためには、日頃から腎精をしっかり補っておくことが重要です。食物や大気からの後天の精を得ましょう。冬に旬を迎える食物には腎精を補うものが多く、山芋、しめじ、ネギなどに 優れた補腎の働きがあります。他にも海のもの、粘りのあるもの(山芋、納豆)、次の生命を生む力をもつもの(豆、種実類、卵)、黒いもの(黒豆、黒ごま)などは腎精をよく補います。また、これらの食材には 腎を温めるものと潤すものがあります。そのバランスにも注意して食べるようにしましょう。
「腎」を温める食材: 鶏肉 エビ サンマ カボチャ 
          ニンニク タマネギ ニラ ネギ 
          紫蘇 生姜 山椒 トウガラシ
「腎」を潤す食材:白菜 里芋 百合根 山芋 人参     
         アスパラ イカ クコの実 キクラゲ        
         ナマコ
 

NHKで紹介された「腎臓」


漢方医学で言う「腎」と西洋医学の「腎臓」、両者は極めて似ているのですが、大きく異なる点があります。漢方医学で言う「腎」は「生命の源。一生の生命力を左右し、成長、発育、生殖にも関わる」と言う考えです。
NHKの放送では、タモリさん、中村伸弥さん(IPS細胞で世界的に有名)のダブル司会で、「おしっこを作るのが仕事の、地味な存在だった腎臓が、今世界の研究者から熱い注目が集まっている」「人の寿命をも左右する人体の『隠れた要』(NHK公式サイト紹介文より)として紹介されました。
 
その一例。
 
国際大会などの前にアスリートが海抜数千メートルという高地で合宿をする話をお聞きになったことがあるかと思います。私も勘違いしていたのですが、アスリートの肺を鍛えて酸素の吸収利用の効率を上げるためと思っていました。
 
ところが番組ではアスリートの高地トレーニングは腎臓を鍛える目的であり、それは高地トレーニングによって各臓器が「酸素が希薄、酸素を送れ」と言うメッセージ物質「エリスロポエチン」を腎臓が出し、骨髄に届け、酸素を運ぶ細胞「赤血球」を作らせると言うのです。すなわち腎臓は、各臓器の信号を受けることができ、同時にその対応まで行う司令塔ということなのです。
 
余談ですが、「エリスロポエチン」、聞いたことあろうかと思います。そうです、フローレンス・ジョイナーというアメリカの女性アスリートが、ソウル五輪で100、200、400メートルの3冠を達成しましたが、奇抜なファッションと共に、このエリスロポエチンを使用していたという疑惑もついて回った一件です。現在もその真偽は不明ですが、その後38歳という若さで急死。この死因もエリスロポエチンの影響ではと言われました。
 
本題に戻ります。
また、腎臓を手術することで血圧を下げることも可能となっています。実は腎臓は、全身の血圧の見張り番の役割もあり、腎臓の細胞からレニンという物質が放出されています。これを血管が受け取ると、血圧を上昇させます。すなわち腎臓は、このレニンの量を調節することで、全身の血圧を調整しているのです。
 
また「おしっこ」を作るのが仕事と考えられている腎臓は、老廃物などを含む血液が濾過されてきれいな血液に生まれ変わり、不要物としておしっこが排泄されるのですが、同時に巧妙な仕掛けで血液の成分調整が行われています。おしっこを作ることが本当の役割ではなく、血液成分を厳密適正に調整することがその役割で、「血液の管理者」としています。
 
ここまで紹介した内容はNHKサイトを参考にさせていただきましたが、最後の「腎臓を守ることが命を守ること」として以下のようにまとめています。
「いま体にどんな成分がどれだけ必要なのか。『再吸収』を行う際、腎臓は様々な臓器から情報を受け取って、血液の成分を絶妙にコントロールしています。まさに『人体ネットワーク』の要ともいうべき存在です。だからこそ、腎臓の異常が全身のほかの臓器にも悪影響をもたらし、逆に他の臓器で異常が起きると、その影響が、腎臓に及びます。」(NHK公式サイトより)
 
 

漢方医学に近代医学が追いついた?


 
寺澤捷年先生は自著「症例から学ぶ和漢診療学」において、「腎は①成長・発育・生殖能を司り、②骨・歯牙の形成と維持にあずかり、③水分代謝を調整し、④呼吸能を維持し、⑤思考力、判断力、集中力を保持する機能単位」と記されています。
 
私の勝手な推測ですが、NHKスペシャルでの腎臓の研究成果と、上記寺澤先生の腎の機能、明らかに重なると思いませんか。
 
漢方医学が中国から我が国に入ってきたのは、仏教伝来と共に6世紀にまで遡ると言われています。この世のあらゆるものを5つに分ける五行説は漢の時代(紀元前206年〜西暦220年)には儒教の必須アイテムとされていたようで、また後漢から三国時代(222年〜262年)に成立したと言われる中国最古の医学書「神農本草経」がありますので、その辺りで古代思想と医療が結びつき、この「腎」の概念は現れたのではと思います。現在の私の知見では推測するしかありません。もし誤っておりましたらご一報を。
 
いずれにせよ2000年以上前に「腎」の概念と働きを見つけていた事実はあるわけで、それが現代の科学で証明されてきたことについて、その当時の古代人の叡智にあらためて敬意と感謝を表したいと思います。
 
参考:
 NHK公式サイト
「症例から学ぶ 和漢診療学」寺澤捷年 1994年 
                       医学書院
「読体術 体質判別・養生編」仙頭正四郎 2005年
                   農山漁村文化協会
「漢方のエッセンス」寺井俊高 2020年 
                 日経BPマーケティング
「現代に息づく陰陽五行」稲田義行 2006年 
                    日本実業出版社
 
 


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