ロシアW杯 観戦記|日本代表ベースキャンプ|1
「時間もありますし、日本のキャンプ地でも見に行きますか?」と僕は蓮木くんに考えていたことを提案する。
「そうですね。OKです」と彼も了承してくれる。
カザンに行くことを決めた後だったと思うが、僕は時間を見つけて、すべてのチームのキャンプ地を調べた。もちろん、中に入って練習を間近で見学できるとは思っていない。それでも、フェンスの隙間を見つけて、選手たちを遠目に見ることくらいはできるのではと淡い期待を持っていた。そんな思いで調べていたら、日本代表がカザンでキャンプを張ることを知った。眼が飛び出るということもないのだが、不思議な縁を感じたのを覚えている。カザンに着くのがポーランド戦の翌日ということもあり、大会前の低調ぶりを見て、日本が帰国する姿を傍らで眺めることを想像していたのだが、日本は今後もここカザンで、ベルギー戦に向けたトレーニングを続ける。日本のキャンプ地はロシア・プレミアリーグのルビン・カザンが普段は使用しているトレーニング・グラウンドだ。このホテルから北へ五キロほどの位置にある。蛇足だが、ホテルのエントランスで見られた深い赤と緑の配色はルビン・カザンのユニフォームにも使われている。この地域の伝統色なのかもしれない。
身体を持ち上げるようにして、ソファから身を起こす。エントランスを出て、北へと足を運んだ。ホテルの周りに設けてある緑地を抜けて歩道へと出る。この辺りは手つかずの茂みや砂地があり、さすがに空港からの道で見た「整った」趣はない。ホテルのソファで休んでいる時、蓮木くんがスマートフォンを使って地下鉄駅の場所を調べてくれた。手元と前方を交互に見ながら、てきぱきと誘導してくれる。十分ほど歩くと、十字路にさしかかった。その角には大きな建物があり、大学なのだろうか、若者たちが忙しなく動いている。そこを通過し、右手に目当てのカズヤ・スラバーダ駅の入り口が見えた。緑色の“M”の文字が掲げられている。傾斜の緩い階段を下っていく。そこはモスクワで見た「地下の世界」とは異なり、人も少なく、冷気が辺りを包む、静かな空間が広がっていた。改札の前にある券売機に手持ちのルーブルを入れ、一回の乗車券を画面に触れて選ぶと、中から甲高い音がする。手を伸ばすと、そこには一枚のコインが落ちていた。これが切符ということだろう。改札の横にはセキュリティが立っていて、ここにも手荷物の検査装置が置かれていた。肩にかけたポーチをベルトコンベアに乗せて、改札の中へと入る。そこからエスカレーターに乗り、さらに下へと潜っていく。
続く