フットボールの記憶|鈴木隆行の雄叫び
「世界の壁」「惜敗」
見慣れた言葉が頭に浮かんだ
日本代表にとっての大舞台は糸を張ったような緊張感に包まれていた
57分、ヴィルモッツが巨体を宙に預け、舞い降りてくるボールを真上から振り抜く
揺れるネットに呼応するように、身体中に苦味が広がっていく
ゴールの残像が残る中、辛い展開となることを覚悟して再び画面に眼を向けた
劣勢に立つ日本からは連想できないほど優雅なボールが小野の右足から放たれる
自陣奥深くからのロングボール
緩やかな放物線からは得点の匂いは感じられない
静かな湖面に一粒の水滴を垂らすように、ボールはディフェンスラインの裏に広がる空白地帯へと落ちる
ボールに追いすがるようにして、一人の選手が猛然と駆けていく
銀色の髪の毛に銀色のスパイク
鈴木隆行だ
滑らかな芝生の上をボールが軽やかに弾む
鈴木は目いっぱいに右足を伸ばし、つま先を当てた
ボールの軌道が変わる
そして、ボールは無人のゴールへと吸い込まれていく
グリーン上を転がるゴルフボールを眺めているような感覚を覚えた
鈴木の雄叫びが視界に入る
数多くのゴールを眼にしてきた
しかし、画面の中の選手に自分自身が乗り移る感覚を味わったのはこの場面だけだ
青い波がスタンドを揺らす
日本のワールドカップが幕を開けたことを僕は実感した