フットボールの記憶|ファン・ペルシのヘディング
便利な時代を生きている
記憶に残る場面を再び眼にしたければ、瞬時に動画や画像が現れる
雑誌に付箋を貼ったり、VHSに録画した映像の「停止」と「再生」を何度も繰り返した
その記憶は遠い過去のものではない
サッカーという競技は数多くの記憶を僕の脳裏に刻みつけてきた
白紙に描きながら、その記憶を呼び覚ます
年代物のウィスキーを味わうように
それは僕にとって有意義な行為に思えた
その日は休日出勤だった
合理性のかけらもなく、僕は真夏の太陽から身を守るようにジャケットを羽織る
ワールドカップ・ブラジル大会が開幕した
ワールドカップにまつわる一切の情報を遮断して、果たすべき義務に集中する
仕事が一段落した頃、得意先の担当者と上司の会話が耳に入った
「入った」というよりは「かすった」という表現のほうが適切だ
「ものすごいヘディングでしたね」
ミステリー小説における大事なトリックを知ってしまったかのように、身体中を苦味が広がっていった
気持ちを切り替える
スペイン対オランダ
すべてのディテールを見逃すまいと、帰宅した僕は意識を画面に集中させる
「ものすごいヘディング」とはどういったヘディングだろう
「ものすごいボレー」「ものすごいセーブ」は想像できるが、「ものすごいヘディング」は前例がないような気がする
44分、それは確かに「ものすごいヘディング」だった
「華麗」「豪快」という表現が似つかわしいとは思えない
アシカの曲芸のようだと思った
若干の滑稽さがそこにはある
しかし、ファン・ペルシが放った値千金の同点ゴールは動物的な優雅さにあふれ、象徴的な場面として記憶に焼きつく
その強烈な余韻によって、休日出勤した記憶は泡のようにはじけた