魔法の十分間
セレステ・イ・ブランコのフィエスタが長く続くことはなかった。56分、エルナンデスのクロスが流れ、右サイドバックのパヴァールへと弾みながらボールが流れていく。パヴァールはトラップすることなく、上から下へと鉈を振り下ろすようにしてボールに回転をかける。
そのボールは細い紐に乗って前へと進んでいく独楽のように、ゆっくりとゴールの右上へと吸い込まれていく。そのボールが蹴られた瞬間に「入る」と僕は確信した。ボール以外のすべてが、動きを止めたように感じられる。そのあまりの軌道の美しさに、ワールドカップの女神もきっと微笑むだろうと思ったのかもしれない。エルナンデスのクロスからパヴァールがベンチの前で祝福されるまで、すべてが脳内に一枚の絵として収まっている。ディ・マリアのゴールといい、パヴァールのゴールといい、強烈なゴールの連続に、口も毛穴も開いて呆然としてしまう。
今度は63分、大半のアルゼンチン人たちを奈落の底に突き落とすゴールが生まれる。エルナンデスのクロスがオタメンディに当たり、エムバペの足元へと転がる。眼の前にいたペレスをフェイントで颯爽と交わしながら、エムバペは車のギアを一気に五速へとギアチェンジしたような俊敏な動きを見せつける。そして、左足のフィニッシュは冷静沈着。まるで狙撃手のよう。エムバペが腕を組んでコーナーフラッグへと膝を滑らせる。控えの選手たちも集まってきて、身体が重なっていく。
そして、67分にアルゼンチンを死の淵へと運ぶゴールもエムバペから生まれた。ショートカウンターから前線に走り出していたジルーに当て、タメを作ってエムバペが走り込んでくるスペースへとラストパスを送る。走り込んできた勢いをそのままに、左の隅へと押し込む。この十分程度の時間に、フランスは三発のゴールをアルゼンチンに叩き込んだ。
ゴールの後に流れる、マジック・システムの『Magic In The Air』が頭から離れない。本当に魔法にかけられたみたいな十分間だった。大きな三つの波がアルゼンチンを完全に呑む様子は正に圧巻の一言。軽快なメロディとリズムに反し、気持ちが沈んでいく周囲のアルゼンチン人たち。勝負の明と暗がくっきりと映し出される。勝負は美しく、残酷だ。アルゼンチンもメッシのパスからアグエロのヘディングで一矢を報いるが、アディショナルタイムは終わりを迎えようとしていた。