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秘する女神のコラージュ〈4 分裂の波、分析の檻〉

3…

 夏の空が沢山の蝉の声を降らせている、其は水溜まりに叩き付けられていて、響き渡り、何者かを恍惚とさせ、掻き回している、空はギラギラとした生身の光を露出させ、一つ一つの事物が激しい回転の震えである。五月女真糸は目黒区に在るカフェ宿り木へと向かっていた。
 あらゆるものが、生き物が、叫んでいる、真糸は思った、生きていると叫んでいる、生きているのが苦しいと叫んでいる、欲望は満たされず、穴は塞がれるより先に吸い込んでいて、冒険者は見た事が在る冒険を、見た事が無い振りをして辿っている、処女は聞いた事が在る恋物語を、初耳の振りをして、頷きながら聞き惚れている。《けれど何の為に生きていて、何の為に死んで行くのだろう》《此の激しい回転、野蛮な光を受けて何処へ行こうと云うのだろう》《干乾びた朝顔、悶える時計草、震えている風蝶草、傲慢な向日葵》だけど狂う様な交わりが響き渡っている。《愛しているのか、いないのか、愛されているのか、いないのか》《増えているのか減っているのか、増やされているのか減らされているのか》《繭は内から外へと建てられ、外から内へと這入り込むスヤスヤ》そう、私達と同じ様に。《此の汗の匂い、焦げる様な肌触りの中に、けだるい汗染みの様な欲情を滲ませて》《蕾の様なクリトリスを打ち鳴らし》私に、真っ赤に咲けと命じている。《或る少女、其の子は私達と同じ歳で、動機や目的は知らないが、唯、其が可能性上に在ると云うだけで、収穫期に収穫をする様に、子供を産んだ。彼女は宿り木に居る》《彼女に会いたいか、私と同じ身分で在りながら、私の権利を犯している、彼女に会いたいか。其処に権利上在ると云うだけで、理由も了承も目的も無く、子供を授かった人に》
 《君は知りたいか、君が生きている理由を、其の理由を終わらせたいか、理由を終わらせる詩を聴きたいか》
 会うに決まっている、真糸は思った、会って否定してやる、私は違うと。私は子供を生まない、子供を産む為に生きているのでは無い、子供を産む為の欲望では無い、子供の為の未来では無い。《いや、どうなのだろう》《相手はもう出産しているのだ》でも、どう云う心算なのだ。《彼を愛しているのか》《子を愛しているのか》《或いは、特に意味の無い嫌がらせだったのか》私は知りたい。或いは、あの女の様に、我を忘れて子を産んだのだろうか。《欲望だけで子を授かり、自分が見えないまま生んだのか》《そして、どうして生きているのか判らない子供を此の世に吐き出したのか》《だとしたら、求めるまま〈鏡ガエリ〉するのだろうか》いや、凡ての子供が私の様に生まれる訳では無い。《然し、私はどうして生きているのか、何の為に生きているのか》《愚鈍な女を裁く為に生きているのか》《其を説明してやる》《私が、御前の子供が何故生きているのか、教えてやる》《意味付けしてやる、価値を与えてやる、そして、奪ってやる、答えを与えてやる》《だが其の先に在るのは私と其の女と子供の絶望だけなのだ》いや、或いは丸で別のものが待っているのだろうか。《此の無責任な哲学者は地獄に落ちる》此の焼ける様な怒りは何だろう、彼女は青い空を見上げて思った。《白か黒か》《善か悪か》《そう問う私は善なるものか》そう、つまり、私は逃げ出したいのだ、此程に恐いのなら、逃げれば良いのだ。《此程に恐怖させる何者か、其が正しい筈が無い》《其の為の怒りだ》《私が私で在る事に対する憤りだ》《其等凡てを叩き付けてやる》然し、私はどうして此程に空っぽなのだろう。《何も無い、何も無いから、何も無い所へと巻き付くだけの痛み》だけど、私は何を怒っているのだろう。《そう、其はとても下らない事》《そして、有り触れた事》何より他人事なのだ。私は凡てを受け入れられないのだろうか。《私は凡てを諦められないのだろうか》《女と云う生き方、女として生きる事、女としての生産性》私は何を楽しむ為に生きているのだろう。《重い雨の様な声に打たれる手足は水に取られ、体は倦怠感を帯びている》だるい、考えるのもだるい。《重い、考えるのが重い》《何の楽しみも無い》《御金が有っても使うだけ、右から左へ移すだけ》《其の様な後退》私の怒りに、一体何の意味が在るだろう、私が我を忘れて楽しむ為に、どれだけの犠牲が必要なのだろう。《私が下らないママゴトを続ける為に、どれだけのエキストラが必要なのだろう》《そして、此の楽しみがママゴトで在ると気付いてしまったからには、もう、其を楽しむ事は出来ない》
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