既知の音楽、未知の音楽を同じ棚に並べるとどちらも自分の軸に取り込まれるかも知れないお話(第17回)
どうも、ゆうせいです。
今回のテーマは「自分を構成する要素」。
毎回、テーマはジラ谷(@jiratani_world)さんのアウトプットnoteからお借りして、その元記事に私の考察をちょっと足してアウトプットしている。
テーマに関して、ジラ谷さんの具体例とは別に私の内にずっと存在している具体例に置き換えて考察を交えて書いていこうと思う。
それでは、本編をどうぞ。
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情報発信において、稼げるノウハウの後ろを必死に付いていくような、自分の独自性のかけらもないやり方ではその先で生き残ることはできない。
だから、「自分」というニューカテゴリーを創出しなければならない、とジラ谷さんは説いている。
その上で重要なのが、今回のテーマである「自分を構成する要素」。
このテーマを、勝手丼を例にして分かりやすく伝えている。
自分だけの丼、自分だけで味わう自分だけの楽しく美味しい丼ぶり。こんなの絶対良いに決まってる!笑
自分が良いなぁ、と思うものを外部から取り込んで、自分軸に混ぜ込んで融合させていく。それが「自分を構成する要素」になる。
ベース部分のご飯は、自分がこれまで生きてきて得た常識や正しいと信じてきたもの。多分、中学生くらいまでは友人たちから教わったバカげた知識程度が吸収されるだろう。
しかし、早ければ高校生あたりから社会や世の中の常識、自分が正しいと信じてきたもの(親から教えられたこと)を疑う頭のキレるヤツが現れる。
色んな情報に触れ、色んな人の色んな考え方に触れ、感銘を受けたものを自分の中に取り込んでいく。
大学に行くのが当たり前、入社して働くのが当たり前、結婚するのが当たり前。世の中の“当たり前”を、その通りだと思うこともあれば、それは違うと感じることもある。どういう考え方が自分に適しているかを取捨選択して、私たちは生きているのだ。
取捨選択したものが自分にとって全て良いものなら、それらは自分軸と親和性が高く、勝手丼のように美味しく吸収でき、しかも良いものだけを取り入れているからこれ以上ない「ものすごく良い自分」が形成されていくはずだ。
まぁ、人間そんな簡単に“良い自分”になんてなれないんだけども…笑
というようなことも、ジラ谷さんは勝手丼を例にしてしっかりと解説している、さすが抜け目がない。
これも良い、あれも良いと選びまくっても、自分の器が小さい、つまり乗せる素材に限界がある状態だと使いこなせず、中身が伴わない「嘘の自分」を見せてしまう、ということ。
稼いでもないのに「〇〇万円稼ぎました!」みたいな。
ノウハウを使いこなすだけの知識も実践もないのに、早急に稼ぎたいがために選んだ「(あくまで)美味しそうなだけのもの」に振り回される。
果たして“稼げるノウハウ”が自分にとって良いものなのか、というのは疑問ではあるけど。
とにかく、自分にとって良いものでもそうでもないものでも、詰め込み過ぎると使いこなせないし、そうでもないものに至ってはどう使えばいいのか分からない。
というよりも、そうでもないものは何かをきっかけにして、自分にとって良いものに変化する可能性はある。
そういう意味では、ジラ谷さんの勝手丼“戦略”に私の「いつか好んで聴いてみたい音楽“戦略”」を付随させたい。
いつか好んで聴いてみたい音楽とは、今は自分の嗜好に合わないけどいずれ良さが分かって好んで聴いている日が来るだろう、と願いながら向き合う音楽のこと。
多くの人は自分が良いな、と感じる音楽のみを聴いて楽しむと思うけど、私はあらゆるジャンルの音楽を好んで聴きたい、今は合わなくて聴けないけどそれは良さを分かってないだけなので、いつか分かる日が来るだろうと真面目に思っている。
実際、ソウルやファンク、パンク、メタル、テクノポップなど聴けない音楽が結構あったけど、今ではどれもこれも好んで聴くまでになっている。
「多くの人からちょっとずつ面白いと思う要素をもらう」ことをしつつ、逆にそうでもない要素を脳内の収納棚の片隅にちょっと置いておくくらいのことをして、役に立つかは分からないけど、いつかそんな時が来るかもしれないとストックしておくのも悪くないのではないか、と私は思う。
印象がずっと変わらず、結局良いものではなかったとしても、改めて良くなかったなと納得できるので、なぜ良くないのか?の自分なりの考えを明確に答えることもできる。
そして、先にも書いたけど良いものを詰め込み過ぎて溢れてしまわないよう、バランスを考えて自分を構成する要素として混ぜ合わせていけば、「自分」というニューカテゴリーを創り上げることができるだろう。
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自分にとって良いと思う要素をバランスよく取り入れ、そうでもない要素は脳内収納の片隅に眠らせておき、必要になったら取り出してくる。
難しい思考の作業かもしれないが、そうでもない要素は思い出したら引っ張り出すくらいが丁度いいんじゃないかな。
それでは今日はこの辺で。
ゆうせいでした。