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虹色と田園都市

最近は何とも不安定な空だ。黒い雲が通ったと思えば、白い積乱雲が青空に模様をつける。かと思えば朱色に染まる空、かとおもえばその場にいたたまれず泣きながら飛び出した子どものような通り雨。

僕の住んでいるところは都市とは言いずらい場所で、僕の家の周りは住宅街だが一歩外れると田んぼがある。そんな景観にはそんな空がなかなか似合ってる。これが東京やら大阪だったらただでさえ地上の移り変わりが大きすぎて邪魔だが。

つまるところ変化は大事だが、ほどほどがいいということだ。空が変わるなら、地上は落ち着いている方がいいし、地上が目まぐるしく変わるなら、空は落ち着いている方がいい。

だからだろうか近未来のSFの空はいつだって青空から変わらない。ドームに囲まれた疑似的な青空が広がっている。


そんな目まぐるしく変わる空を見ながら、停滞した地上を僕は歩いていた。傘を腕にぶら下げて、いつ降るか分からない雨に少し緊張。それを気にしないように僕の前から飛び去って行く雀たち。

僕は歩いて一時間かかる本屋に向かっていた。何を買う訳でもないけど、本屋に向かった。こういうことは少なくない。

本屋に着き、そこで2冊くらい本を買った。タイトルが面白そうな本を中身も見ずに買った。こういうことは少なくない。

本屋から出ると空はもう青色だった。雨なんか降るような天気ではない。

もう夏を告げるような青空と、晴天に不釣り合いな傘をぶら下げる僕。

家に着くころには青空も、赤い空に変わろうとしていた。相変わらず変わらない地上と僕。そこにスポットライトのような太陽の光。波長の長さが変わるだけで地上の景観も大きく変わる。

そうだ。絵が絵として成り立つのは、キャンバスが単色だからだ。だからこそ都市に空の色は必要ないんだ。少しだけそう思う。

この話に結局なんの訓示があるんだろうと思うけど、たまにはこういうのも悪くないかな。強いて言うとしたら、動きがあるならどこかで停滞することでで釣り合っているし、派手に派手をぶつけても気持ち悪いだけだ。そういう風に世界は出来ている。



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