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分からない物は分からないからいい

最近の人は長時間集中するのが苦手だ。とか最近は分からないものを排除する傾向にあるというらしい。

思い返してみると、長編小説よりも短編小説の方が今は売れ行きがいいらしい(そもそも本を読む人口は減っているが)また映画も長編よりも1時間30くらいの物の方が最近は多い。そして音楽も最近、売れている曲は2分前後の曲が多い。クラシックなんて30分近い曲もあるのに。

それもこれも忙しすぎる社会が影響しているのだろう。

今の時代はスピード命のような傾向がある。たぶんそれに付随して趣味すらもスピード重視なのだ。TikTokが流行る理由もよく分かる。

別に僕はこれを悪いとは思わない。ただ僕は何でも急ぎ過ぎは良くないんじゃないかと思うが。

またわからないものを排除する傾向についてもよく分かる。例えば新エヴァ。ファンからすると大好評だが、一部で、意味わかんないという声もあったようだ。

僕はこれには少し思うところがある。

わからないものは分からないからいいんだぞ。そう声を大にするのも悪くない。

例えば数学。数学は僕も苦手だ。意味も分かんない。

でも数学は解けると案外面白いもんだ。僕も今日大学での課題に数学の課題があった。それを6時間近くかかってしまったが無事解くことが出来た。この高揚感ったらありゃしない。ついベットの上で飛び跳ねちまった。

分からないものを排除する気持ちは分からなくもない。特に文学など答えのないようなものは特に。

でも答えがないなら自由に答えを作り出せるし、数学のように見た目が複雑でも、案外手順を抑えれば多様な解き方を創造できるはずだ。そこが分からないものの面白さなのだ。

人は誰しもがわからないものを意味のないものととらえたがる。誰しもが自分をある程度優位である人間だと思いたいから。実際に心理学の研究の中にもそういった研究があるそうだ。

わからないものに必ずしも意味を持たせる必要はない。わからないけどなんかいいでもいいんだ。人は合理的にも、ある種他の動物より非合理的に動くことが出来る特権を持っている。それなのに皆意味を必要としすぎる。世の中意味のある方が少ないってのに。


でも実際のところ。世の中はスピード社会。一つの物事に割く時間はそんなになければ、そのために必要な集中力もない。結果、意味の分からないものは意味のないものとして切り捨てられていく。

その内、理解できることしか生まれなかったら?そんな恐ろしいことを考える日もある。

この世界は急ぎすぎだ。スピード違反で捕まる前に車を降りてゆっくりのっそり歩いていくのも僕はいいと思う。



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