3.おやすみ
転んだ。膝から火花が出た。
それは回線がショートした時に飛び散る程度の。
周囲の人間は怪訝そうな顔をする。
「どうしたんだい、具合でも悪いのかな?」
転んだ私に話しかけてくれた初老の紳士は心底心配そうに尋ねてきた。
それがなんだかいたたまれなくて
「…………あ。そ、そうなんです、いや、ちょっと…へへ……」
とぎこちなく笑うしかなかった。
適当にその場を濁して立ち上がり、そそくさと立ち去る。友人が待っているカフェへと急いだ。
それにしても普通は転んだら爆発するのに、どうして私の膝は爆発しないんだろう。爆発しないせいで新しい膝に生え変わらないし傷ばかりが増えていく。
カフェに着く頃には約束の時間を10分過ぎていた。
「失礼します、あ。ちがいます…連れはもう来てて……」
「お、きたきた。こっちこっち〜」
奥のテーブル席から身を乗り出した細身で綺麗な女性が手を振っている。
「あ、この人です、はい、ありがとうございます…………遅れてごめんね」
「いいよ〜。あれ、スキニーがちょっと焦げてる。さては転んだな?」
「アッ ハイ、おっしゃる通りで……」
「気をつけなよ〜」
ヘラヘラと笑った友人は角砂糖を積み上げて遊びながらメニュー表を指さしてきた。
『恋人限定メニュー』
そう、今日の目的はこのデラウェアが沢山乗った「螺髪パフェ」である。大仏様が2人を永遠の幸せに誘うという大バズりスイーツ。
「あたしたち恋人だから頼んじゃうもんね〜」
調子の良い友人はベルを鳴らして店員にサラサラと注文を入れていく。パフェは2人で分けるとしてもそれなりの量があるのだが、追加の注文があまりにも多い。その身体のどこに入れるだろうか。
料理を頼んで一息もつかずに従業員の三毛猫が螺髪パフェを運んできた。さすがは看板商品。準備が早い。
バニラアイスを土台に生クリームが盛られ、そこにデラウェアがこれでもかと刺さっている。
「味は案外普通だな」なんて思いながらパフェをつついていると、友人は言った。
「で、真面目な話さ。私たちどうよ?」
「? どう、とは?」
「結婚相手としていけそう?あたしいいお嫁さんになると思うのよね〜」
「え、結婚する気ないけど……」
「え、マジ?」
「マジ」
「マジかぁ」
友人はガックリ項垂れるとスプーンを自らの右腕に刺した。腕からは火花が散っている。バチバチと音を立てている腕を見ながらぼんやりと、痛そうだな、と思った。
「あたしの腕、あんたにあげるよ」
「いらんけど……」
「せっかくあんたの膝とお揃いにしたのに」
ちぇっ、と言いながら腕に刺さったスプーンに火を灯した。右手と右手を絡め合わせられる。
「これであたしたち、おしまいだね」
無邪気ないたずらっ子のような顔でなかなか大胆なことをする。
「心中かぁ」
「いいじゃんせっかくだし〜?」
みるみるうちに小さくなっていくスプーン。そして燃え尽きて腕に引火した。
ドカンッ!!
と、大きな音がして私たちはタケノコの皮を剥いた時のように外側から剥がれ落ちていった。
そして私はその内から新たな肉体を形成する。私は生え変わっていた。生まれて初めて爆発できた。それを伝えようと隣を見た。
友人は動かなかった。
なんだか焦げたピザトーストのような匂いがした。
目が覚めた
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