2.おやすみ
中学校の教室で数学の授業を受けていた。
私は数学が苦手だ。計算ができない。
ハリネズミがアルマジロになるまでに時速何キロになるのか検討もつかない。
どんな公式を使うんだったか。
窓から校庭をみるとそこでは理科の実験が行われている。校庭に生えた大きなホウセンカ。
あれの調査が課題だ。
あのホウセンカはある日いきなり校庭に生えてきた。全長15メートルはあるだろうそれは大きな赤い花を咲かせている。
見ている分には綺麗だが、この花はとても危険だ。花弁が枯れて霧散した時大きな種が飛んでくるのである。その種は校舎の窓を割り教室の中をどデカいスーパーボールのように跳ね回る。
「おーい、○○。ちゃんと授業聞いてるか?」
目の前にはハサミを持った先生がたっていた。
「すみません聞いてません」
素直だなー、と言いながらハサミをくるくる回す先生。器用だ。
「先生な、あの花を切りに行こうと思うんだ」
「え?」
「あれはそろそろ種を飛ばす時期だからな。その前に摘んでやらないと」
「あんなに大きい植物をどうやって?」
「これでやるのさ」
先生は手に持ったハサミを逆手持ちにしてグサリと刺すジェスチャーをした。
「無謀ですね」
「試さなきゃ分からんだろう」
「そうでしょうか……」
いや、無理だろ…と冷静に考えていると先生はニヤリと笑いながら私に語りかけた。
「○○、お前もやるか?討伐戦」
「そんな無茶苦茶な!こんなに大きな植物をハサミでなんて。第一、茎だけで直径何メートルあると思っているんですか?これはもう軽い御神木ですよ」
「俺を誰だと思ってる?」
「せ、先生です……?」
「ふふん、ただの先生じゃない。数学教師だ」
先生はそう言うと黒板に式を書き出した。
「赤いホウセンカの茎の直径から酸性雨の横槍を考慮して……」
次々とよく分からない式が書かれていく。先生はまるで無邪気に遊ぶ子供のように楽しそうだ。
「……つまりだ、この角度からなら根っこまでダメージを与えられる。あのデカブツを切り倒せるんだ」
チョークは先生が持てるギリギリまですり減っている。そして何故か削れたところから赤い汁が滴り落ちていた。
「せんせい、これは、なんですか」
足元に広がる赤い汁が蒸発していく。
その蒸気を吸い込む度に頭が痺れていく。
次第に蒸気は一輪のホウセンカになった。
「せんせい、」
顔を上げて見ると、ホウセンカと目が合った。
ホウセンカから生える右手には、赤く染った削れたチョークがある。
私はそのチョークをむしり取った。
せんせい、わたし、はさみは、つかえませんが、これなら、つかえるかも、しれません、
校庭のホウセンカに向かって窓から飛び降りた。
その瞬間に右手でチョークを握り潰して、花に向かって思いっきり投げた。
花は苦しみだし、枯れて霧散したが、種が極悪スーパーボールの如く飛び出すことはなかった。
それもそのはず。
私の手で粉砕されたチョークが雄しべより早く雌しべに受粉したのだ。
チョークと花の異種交配はできない。読みが当たって良かった。
「せんせい、やっぱり、すうがくは、にがてですが、わたし、やりましたよ」
私はホウセンカになりながら先生にピースサインを送ってやったのである。
目が覚めた
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