小谷城が堅牢なワケ part1【お城と地形&地質 其の四-1】
戦国時代の「城」は、様々な理由でそこに建っています。
その地域を治めるために立地が良いとか、政治的な意味もあるでしょう。
そして何より他大名との戦での「守りやすさ」も重要です。
そのような「お城」を地形・地質的観点から見ていくシリーズ。
其の四は「小谷城」です!
小谷城とは?
小谷城(おだにじょう)は、織田信長の義弟(妹の婿)の浅井長政(あざいながまさ)の居城です。
しかし信長を裏切ったことにより、その後は織田&徳川連合軍に攻められることとなります。
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信長は浅井領に入ってすぐに小谷城を攻めようとしますが、城を見て簡単には落とせないと悟り、方針を変えています。
ウィキペディアによると、日本の五大山城の1つだと言うことで、相当に「堅牢」なのでしょう。
しかも信長は4年もかけて攻め落としたと言うことです。
4年も持ちこたえるなんて凄いですね。
では何故、小谷城はそんなにも堅牢だったのでしょうか?
地形を見る
さっそく行ってみましょう!
場所は滋賀県長浜市。
長浜市役所から北北東に約10kmの場所にあります。
小谷城は、小谷山から南に張り出した細長い尾根の上にあります。
標高は約340mで、平地との標高差は約250mもあります。
急斜面に囲まれた山ですし、確かに攻めにくそうです。
しかしこれまでも見てきたように、急峻な山の上に建っている城は、けっこうありますよね。
にも関わらず、小谷城が特別に難攻不落なのはなぜでしょうか?
その理由は大きく分けて3つあります。
1つは山が比較的大きいこと。
次に、尾根が細長いなどの地形的な要因。
最後は「水」です。
いずれにせよ、地形と地質に要因があります。
順番に詳しくお話ししましょう。
山の大きさ
いくら急峻な山でも、小さければ簡単に囲まれてしまいます。
小谷山は上図で見ても分かるように、割と大きいですよね。
縦横それぞれ約3kmもありますから、容易には囲めません。
細長い尾根などの地形条件
もう少し拡大して見てみましょう。
点線がアチコチに描いてあります。
これは人が通れる程度の道です。
ほとんどが尾根沿いを通っていますよね。斜面が急なので、下から尾根伝いに歩く方が登りやすいのでしょう。
しかも尾根が細長いので、隊列が限られます。
広い山のどこからアプローチするにしても、結局は城の前後からの2通りに限られますし、俄然、守る方が有利ですよね。
「細長い尾根」はナゼできた?
ではこのような地形は何故できたのでしょうか?
もちろん、答えは「地質」にあります。
全体的に灰色の地質が広く分布し、一部だけ、ブーメランのような形でオレンジ色の地質が分布しています。
これらは、どのような地質で、どのように地形に影響したのでしょうか?
次回に続きます!
お読みいただき、ありがとうございました。
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