職業を悟る
30代後半から40代前半の一時期、職業を転々とした。
どの仕事にも不満はなかったのだが、なるべくいろんな仕事を経験してみたいと思っていたのだ。
最終的にはフリーランスに着地するつもりだったけれども、その前にいろいろな世界を覗いておきたかった。
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あらゆる職業は、じっさいにその立場にたってみなければわからないことがある、と当時は思っていた。
たとえば教師。
教育実習生は、「あんなに大変だとは思いませんでした。高校時代におしゃべりしたことを反省しています」などと言うのがお決まりだけど、これは教壇に立ってみないとわからない。
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コンビニの店員もそう。
商品を陳列していると、リトルリーグのガキが20人くらい来店して、各自ガリガリ君をもってレジに並ぶ。そこに宅配便を持ち込む人がいて、さらに「コピー用紙が切れました」と言ってくる人がいると「あなたは鬼ですか」といいたくなるほど忙しい。
でも、客にはわからないのである。やってみないとわからない。
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というわけで、フリーランスになる前に最低でもマスコミ業界と法曹界くらいは経験しておきたい、と思っていた。
そこで日テレの選挙速報番組の電話調査係に応募して「女性しか受け付けていません」と断られたりもした。
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そういう風にごちゃごちゃやっていたわけだがあるときふと悟ったのである。「な~んだ、全部おんなじだ」と。
どんな仕事でもめずらしいのは最初の2週間だけ。それが過ぎればあとはルーティンがあるだけだ。その点では芸能事務所だろうと組事務所だろうとさしたるちがいはない。そう思うようになった。
というわけで、職業に対する興味が急速に薄れてしまったのである。
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「その仕事に身を置かないとわからないことがある」というのと「仕事は全部同じだ」というのは一見矛盾している。
でもぼくの中ではどちらも真実である。
たぶん、仕事の大変さにはいくつかのパターンがあるのだと思う。
肉体的ストレス、技術的ストレス、組織のストレス、対人のストレス、先が見えないストレス、リーダーのストレス、有名人のストレスなど。
年を重ねて相手の立場からものを考えられるようになれば、やったことのない仕事でも、以上の組み合わせでおおよその大変さは見当がつく。
あのとき、「悟った」のはそういうことだったのではないかと今にして思う。