ヰタ・セクスアリス(性欲的生活)
これは「露出する女(ひと)― その1」の続編で、「その2」にあたります。きまぐれでタイトルを変えました。
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森鴎外に『ヰタ・セクスアリス』という小説がある。自分がいつ性に目覚めたのか、その後どういう遍歴を経てきたのかを哲学者がふりかえって語るという内容である。今日の話は、ぼく自身の「ヰタ・セクスアリス」だとおもえる。
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高校時代のぼくは、「JR + 自転車」で通学していた。まず、JRで松山駅まで行き、そこから自転車で学校まで走る。
ルートは、まず駅からお城の東西の堀を突っ切って市内随一の目抜き通りに出る。そこから、路面電車と並走しつつ、警察署、県庁、 裁判所を通り、三越デパート前から、商店街のアーケード入り口を経て、学校にいたる。かえりは逆になる。
たしか2年生の時だったと思う。帰り道で自転車に乗った女の人とすれちがった。午後7時から8時のあいだだろうか。そろそろ闇が深くなってくるころ、商店街のアーケード入り口ふきんの明かりと闇のあいだを逆方向からやってきた。
合計2回すれちがっているが、1度目はあまり記憶にない。人は理解不可能なものに遭遇すると、脳のはたらきが低下するようだ。すれちがう瞬間に「え゛っ」と思っただけである。こちらは友だちと一緒だったと思うが、かれらが見たのかどうかもわからない。「今の見た?」とも話し合わず、なにもなかったフリをしてそのまま駅まで走った。
しかし、2度目の時は脳が準備をしている。30メートルくらい手前で「あの人だ」ときづき、すれちがうまで観察した。
マジメそうな人で、図書館司書という言葉がぴったりくる。20代後半から30代前半くらい。めがねをかけて飾り気がなく、ずっと本を読んでいそうな感じ。「源氏物語で卒論を書いた国文科出身の図書館司書」というのがぴったりだ。OLさんでも遊びなれている顔つきの人がいるが、ああいう感じではない。
ただし、上半身がスケスケのレースのブラウスでほぼ裸に見えた。そして、ド派手なブラジャーをしていたのである。ブラの色ははっきりと覚えていないが、ピンクだったような気もするし、赤色や金色がまじっていたような気もする。あまり思い出そうとしても自分で色をつけてしまうので止めておくけど、日常生活ではまず身につけないド派手な感じだったのはまちがいない。下半身は普通のスカートだったと思う。
つまり、首から上が図書館司書で、その下がサンバカーニバルだ。・・・つい軽はずみなたとえが出てしまうけど、ビジュアルとしてはそういう感じである。一度目は顔つきと上半身のギャップがすごすぎて思考停止した。
二度目の時も、こちらはだれかと一緒だったような気がするけどはっきりと覚えていない。むこうはもちろん一人で、アーケードの入り口ふきんの明かりと闇のあいだをビューっと走り去った。
1~2週間で2度の遭遇をしたので、おなじルートをを繰り返し走っていたのではないだろうか。「衣装を着たままうっかり店から出てしまったプロの人」には見えなかった。首から上は図書館司書である。
たぶん、見られるか見られないかギリギリのあたりではずかしい格好をすることで性的興奮を味わっていたのだろう。そういうやり方で性欲をまぎらわせるのが、真面目さと不器用さの表れだということを二度目の僕は理解したと思う。あとから潤色したのではなく、それ以前に知っていたわけでもなく、その瞬間にさとったと思う。言葉で書くとウソっぽいけど、図書館司書さんの内向的でやや上気した顔を見た瞬間に、大人の女性の秘められた「ヰタ・セクスアリス(性欲的生活)」を悟ったわけである。
今思えば、ぼく自身のヰタ・セクスアリスにとっても、これが転換点だった。なぜ、今まで思い出さなかったのかわからない。大人の女性とすれちがうだけで、高校生が大人になるということもあるんですよね~。
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