天性の詐欺師―国利民福の会事件
いまどきの電車はだいたい自動改札がついているがかつては駅員さんが切符を切っていた。ぼくは高校生のころ、定期券の期限が切れていることを知らず３日ほどつかいつづけていたことがあるが、まったく気づかれなかった。
３日間も気づかれないということは、駅員さんは定期券に記載された日付は読んでいなかったということである。駅員さんが見ていたのは、日付ではなく不審な空気を出しているやつ、おどおどしているやつ、伏し目がちなやつ、つまり「わるいことしてますよ～」オーラを出している奴たったのだろう。
だとすれば、理屈の上では負のオーラさえ出さなければ何か月でもキセル乗車できることになる。ただし、人間ってやつはそうそう思ったように雰囲気をコントロールできない。出すまいと思って力めば力むほどあやしい空気は出てしまう。このあたりはスポーツに近いものがあって、五輪野球の日本代表ですら初戦はコチコチに緊張しており、あのプロ集団の顔色がわるかった。
こういう記事を目にした。
コロナ渦で完全セルフレジの普及が進んでいる。ぼくも近所の西友で毎日のように使うが、自分でバーコードをスキャンして自分の買い物袋に入れるだけなので、スキャンしないで買い物袋に入れれば商品を持って出られそうに思える。
事実、レジでの万引きが増えているのだという。しかし、これまで５０００人以上捕まえたという万引きＧメンによれば不審者には共通の特徴があり
悪い目つきで監視スタッフの様子をうかがい、おかしな手つきで商品を隠している
のだそうだ。取材中にもそういう人が捕まっている。
一方で、この記事を執筆したライターさんは「盗むつもりがないのに未払いで２ｋｇの白米を持ち買ってしまった」ことがあり、あとで支払いに言ったことがあるそうだが全く気付かれなかったとのことだ。ぼくの３日間キセル乗車とおなじである。あやしい空気さえ出さなければ見抜かれないのである。つまり、まったくあやしい空気を出すことなく万引きや無賃乗車をできる人がいれば天性の詐欺師ということになるがどんな奴だろうか。
平松重雄というのがそういう人だとおもう。
１９８０年代後半にに「国利民福の会事件」という事件があった。いわゆるねずみ講で、入会時に会費３０万円を払ってそれを上位会員２名に１５万円ずつ送るだけという生産性ゼロのシステムで会員を増やしていた。この会の会長が平松重雄で、ねずみ講のプロだ。
ぼくは当時テレビでこの会の様子を見ていたが、印象に残っているのは平松のふてぶてしさである。疑惑がさかんにマスコミに取り上げられ、「だいじょうぶなのか？」とつめかけた会員の前で平松会長は「会は国営化されるので心配ない」と言っていた。３０万円はらって１５万円ずつ上納するだけのシステムが国営化されることなどありえないのは高校生だってわかるが、平松は偉大なリーダーであるかのように「会は国営化されるから心配ない！」と連呼し、会員は彼のまわりで安心してうなずきあっていたのである。
これほどさわぎが大きくなったらけーさつにタイホされるのは確実である。つまり金を集めてとんずらするプランがあったわけではなく最初から捕まるのがわかってやっているわけだ。平松は完全無罪を主張したがそんな言い分がとおるわけがない。つまり、平松がなにをやりたかったのかがわからないのである。刑が確定したのが９３年だ。
しかし、それから１１年後の２００４年に、平松はなんと参議院議員選挙に立候補した（とうぜん落選）。この選挙活動でも「国利民福の会が日本を救う」という公約で選挙活動している。「３０万円はらって１５万円ずつ上位会員に上納する」だけのシステムで日本を救えると選挙カーで力説している。つまりクルクルパーなのである。
考えられるのは、「会は国有化される」と連呼しているうちにまず自分をだましてしまったのだろう。だから本人は「会が日本を救う」とほんきで信じているわけで、だからこそ人をだませるのである。でなければ国会議員に立候補してそんなことをいえるわけがない。しかも立候補するという行動を通じて「会は日本を救う」という狂気はますます強化されていく。
万引きして捕まらない人。無賃乗車して捕まらない人は「私は万引きしてない！」「私の定期券は期限が切れてない！」と自己暗示をかけられる人だ。「池袋暴走事故」もこれに近いだろう。新興宗教の理屈と同じであり、晩年の麻原彰晃も、スピ系の信者も、トランプ主義者もぼくにはそういうファンタジーワールドに棲んでいるようにみえる。
平松らは完全無罪を主張した。元会員のなかにもその主張に同意し、裁判費用のカンパを行ったり、食料品を送ったりする者がいたという（Wikipedia「国利民福の会事件」）
こういうファンタジーワールドに棲んでいる人たちだけでコミュニティを作ったら、はたして国民国家に寄生することなく無事にまわっていくのかどうか見てみたい。