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人というのは、これほど感情に流されやすい生き物なのか
「バーズアイ」は鳥瞰と訳されるが、かんたんにいうと空を飛ぶ鳥の目でものを見るということだ。なかなか簡単なことじゃない
テレビでみるサッカーは、俯瞰の位置から撮影されていることがほとんどだ。そうすると、
ここにパスコースが空いている
などとなまいきなことを思うわけだが、しかし、近所のサッカー場でフェンス越しに見る場合、選手と同じ地面の高さから見るわけで、そんな簡単なものじゃないとわかる。
サッカー場は、上背のある選手が22人も動き回っていると狭い。ぼくの見た試合はロングボールのけりあいだったが、何人か寄せていくと、パスなんか出せるところはないように見えた。
小野伸二選手はピッチを動き回りながら、いつも鳥の目で試合をみているのだと何かで読んだことがあるけど、稀有な才能だ。
さて、鳥の目でものを見るというのは、言い方を変えれば、自分を客観的にながめるということでもあるが、これも簡単なことじゃない。
「情」というものがあったらまずやれない。
感情をわきに置いておかなければ、自分を客観的に見ることなどできないが、ぼくのみるかぎり、生まれてこの方一度も自分と感情を切り離したことのない人が多そうだ。
感情をわきにおくことさえできれば、新興宗教に入れあげたり、投資に深入りすることもない。でも、それがむずかしいのだ。
鳥の目で日本の年金制度を眺めれば、抜本的な改革が必要なことはすぐにわかる。しかし、「困ります!不安です!とても心配です!生きていけません」・・・ここから一歩も動かない人の多いこと。
陰謀論もおんなじで、元首相を殺害した真犯人は別にいるとか、CIAがウラで動いているといった稚拙な陰謀論が出回っている。それなりの証拠が出てくればぼくだって考えるが、現時点でそうした陰謀論にのめりこむのは
それを信じたい
のめりこみたい
という感情がそうさせているわけだ。そして、なぜそんな風に熱くなるのか?その答えは大和西大寺駅前ではなく、その人の私生活にある。
で・・どうしたらいいかというと「こうしたらいいです」というような簡単な答えはなくて、ぼくがやったやり方なら書けるけど、ものすごく時間がかかるので勧める気はない。ぼくは10数年間、自分の感情を観察した。
でも「何年がんばれば、感情と自分を切り分けられます」みたいな保証はない。一生やるつもりだったんだし、そもそもそんなことを「一生やる」という決心・・というより絶望だな。その絶望自体が、感情に流されていたのだということもできる。
しかもいまだって、油断すると感情に流される。その「モード」に入っていないときは簡単にやられる。
とはいえ、えらそうなことを言うようだが、人というのはこれほど感情に流されやすい生き物なのかと、失望することが2020年あたりからふえてきた。社会に余裕がなくなってきたのだろう。でも、まあこんなものだ。