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『男はつらいよ』が苦手だったころ

こどものころ『男はつらいよ』が苦手だった。たいていの映画は好きだったけど、『男はつらいよ』はイヤだったのである。なにがイヤかというと貧乏くさいところである。とくにイヤだったのが、ひろしとさくらの家だ。玄関を開けると一部屋しかなくて、裏庭まで見えるウサギ小屋だった。ウチも結構なウサギ小屋だったので見たくなかったな~。

中学時代のぼくにとって、映画を見に行くというのはお金を払って豊かなアメリカを見に行くことに近かった。おなじ1000円払ってもスターウォーズなら銀河系のかなたまで連れて行ってくれるのに、なぜわざわざ大画面でウサギ小屋をみなければならないのか。みな何が楽しくて見ているのだろうと思っていた。

せめて西海岸のおしゃれな家をみたかった。前庭に芝生が青々として、ガレージにデカい外車が停めてあって、リビングにはソファーとでかいテレビ。

そんなぼくも、ここ10数年ほど『男はつらいよ』を楽しんでいる。すこし大人になって、味わいがわかるようになったからだと自分では思っていたが、どうやらそうでもなかったようだ。

山田洋次監督の『東京家族』を見たんだけど、出てくる家がモロ「平成版ひろしのウサギ小屋」である。作品は文句なくおもしろい。おもしろいんだけど、せまい流し台を背にして、せまいテーブルで納豆をかきこんでいる。冷蔵庫にはマグネットが貼ってあり表面は汚れている。どこがどうというほど貧相ではないが、みょうになまなましい貧相さがある。

ぼくが『男はつらいよ』を楽しめるようになったのは、たぶん昭和が遠くなったからだろう。昭和の貧乏くさいところをおもしろがる余裕が出てきたのだ。しかし、平成版ウサギ小屋をみせられるとなまなましくてまだおもしろがるよゆうはない。

じつは、一見ふつうをえがいているような映画やドラマも、ほんのわずかに化粧している。庶民の家のようでややシャレている。モテない若者を演じているのがイケメン俳優だったりする。じゃっかんスリムに映してくれる鏡のように、ほんのわずかに美化されており、すっぴんといいつつすっぴん風メイクである。なんでもそうだけど、すこし背伸びしたら届きそうなくらいに美化しておくのが人気が出やすい。

一方、山田監督のえがく貧相さには等身大の生々しさがある。よくみると電灯のスイッチが手垢でよごれていたりして、セットも手が込んでいる。出演者も名優ぞろいなのに、全員でオーラを消している感じがすごい。

生々しい貧相感を出すために、かなりのお金をかけている感じだ。本物の金持ちは、一見金持ちに見えないというけど、ヒロシのウサギ小屋もヘタなハリウッド映画のセットよりはよほどお金がかかっていたのかもしれない。

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