ニューヨーク名門保育園の驚くべき内情(前編)
3歳になる娘はニューヨークのとある保育園(Preschool)に2か月前から通い始めました。その保育園は、コロンビア大学の教育大学院が運営する保育園で、妻がその大学院に留学するにあたって大学院側から紹介された唯一の保育園がそこだったので、他の選択肢と比較検討することもなくその保育園に娘を預けることになりました。
ただ、通い始めてびっくり、そこはニューヨークでも有数の名門(Prestigiousな)保育園で、コロンビア大学の教育大学院で培われた最新の幼児教育に関する研究成果をもとに、同大学院で幼児教育の博士・修士を収めた、もしくは在籍中の先生によって保育・幼児教育が提供される最先端の保育園でした。この保育園に通う子どもの親の中には、ニューヨークでベストな保育園を探した結果この保育園だという結論になり、往復3時間かけて通わせているという方や、ここは保育園のハーバードだと言う親もいます。
まだ通い始めて2か月ですが、日本の保育園から移ってきて大きな衝撃を受けているので、それを共有したいと思います。驚きの点を書きだしていたら長くなてしまったので、前編・後編に分け、前編では驚きの内容を、後編ではなぜこの名門保育園がこのような驚きの仕組みになっているのか、保育園の歴史や教育哲学などの背景を深堀りしてみたいと考えています。
1. 保育園からProblem Solving
前の記事でも書きましたが、3歳児から、どのような能力を伸ばすか、そのためにどのような活動をするかが設計されています。その能力の中には、Social-emotional regulationやPhysical developmentといった、まあ想定範囲内のものから、Problem Solving(問題解決能力、こんな言葉を日本で使っているのは外資系コンサルタントくらいではないでしょうか。ちなみに彼らは「プロソル」と略します)や、System thinking、Mindfulnessなどいった、意識高いビジネスマンしか意識していないような能力まで、約15個の能力が挙げられています!
それらの能力を高めるために、保育園における子どもの活動が設計されています。活動の中には、ArtやMusicなどそうだよねというものもあれば、Engineeringといった日本では大学になってはじめて聞くような活動もあります。ちなみに、EngineeringはProblem Solving他の能力を高めるための位置づけとされています。そしてさらに衝撃なのは、Engineeringの活動が、個別の活動(例:ブロック遊び)とかでなく、「問い」で定義されていることです!例えば、「エンジニアが解決する問題はどのようなものがあるか?」「エンジニアはどのように協働するか?」などです。「問い」はイシューとも言い換えられ、われわれはタスク思考でなくイシュー思考で保育園の活動を設計していると言ってるかのようです。
私は、先生がきれいなプレゼン資料を使いながら、このような内容を説明するのを聞いて椅子から転げ落ちそうになりました。一流企業の人材育成プラン、その中のスキルマトリックスと各スキルの開発方法に関する説明を受けているような錯覚を受けました。子どもたちの実際の活動を見てみると、みんなで工作したり公園いって遊んだりと、日本の保育園もニューヨークの名門保育園も重なる部分は大きい気もしますが、伸ばす能力とそのアプローチをここまで言語化できている日本の保育園はそうそうないのではないでしょうか。
2. 研究 / ファクトベース
保育園の先生はコロンビア大学の教育大学院大学で幼児教育を学んだだけあって、研究成果、ファクトに基づいて説明してくれます。
例えば「なぜお昼寝の時間をとるのか」。「研究によると昼寝を取ることでこどもの脳は情報を整理し、新しい言葉やスキルなど、学んだことを記憶に移すことが促進されます。なのでお昼寝の時間をとります」と説明してくれます。「寝る子は育つ」くらいのぼんやりとした理解しかなかったので、このように説明してくれると腹落ちします。
また、「娘はまだ日本語しか話せず、英語を早く話せるようになるために、家でも英語をなるべく使うべきか悩んでいるのだけどどうしたらよいか」といった質問をすると、第2言語取得が専門の先生から「幼児の英語理解は、最初に英語を理解するフェーズがあり、そのあとで言葉を発するフェーズがやってくる。なので、一気の言葉が出だすから、最初は言葉が出なくても焦らくても大丈夫。この年の子どもは保育園の中、また街の中で英語を聞くだけで十分な英語に触れられます。娘さんは英語を理解しだしているし、これまで保育園にきた子どもたちをみても、春くらいから言葉が少しずつ出だし、その後一気に英語を話しだします。むしろ家庭ではアイデンティ、文化の育成、また論理的思考力を養うために母国語を使うのがいいです」と話があって、幼児の多言語教育についてまとめたスライドまで追って共有してもらいました。
3. 自由、自己決定
これは、通っている保育園独自というものではなく、アメリカの保育園一般に言えることなのではと思いますが、保育園へ行く服装は自由です。なのでプリンセスのようにキラキラのスカートでくる子やカチューシャをつけての登園も普通です。流行りのスニーカーに光沢が高級感を醸し出す自分の名前入りのスウェットなど、私より明らかに数倍おしゃれな子もいます。日本の保育園では首がしまるリスクがあるのでフード付きの服装はダメといったルールや、なるべく動きやすい服装といった指定がありましたが、アメリカでは3歳児から自分の好きな格好をするよう促されています。
前段で保育園内の子どもの活動は「エンジニアはどのように協働するか?」といった「問い」で定義されていると書きましたが、日々の活動もなるべく子どもに考えさせ、意見を言うように、また異なる意見を尊重するような設計がされているように感じます。例えば、ある日保育園に行くと、クラスメイト一人ひとりが「木」について知っていることがホワイトボードに箇条書きされて掲示されていました。うちの娘は「緑」と答えたようです(たぶん英語でGreenだけはぎりぎり言えたのか、でも日本語で聞いても同じ答えだったかもしれません)。他には「太陽が木を助ける」、「木は葉っぱがあって、葉っぱは揺れると落ちる」と答えたお友達もいたようでした。このように自分で考え意見を述べるように3歳児から促されているようです。
4. 保護者への積極的な情報提供
たった2か月ですが、保護者向け全体のオリエンテーションが1回、先生と各親の面談が1回、保護者と子どもが一緒になって遊ぶイベントが2回と、先生と保護者が密にコミュニケーションできるよう、また保護者同士がネットワークできるよううまく工夫されていると感じています。翻って、日本の保育園では保護者会は年1回、保護者が子どもと一緒に参加できるイベントは運動会が年1回あるのみでした。
保護者と子どもが一緒になって遊ぶイベントでは、初回はいつも子どもたちが遊んでいる教育大学院キャンパス内の広場に親も来て一緒に遊ぶというのが一回と、その次は一緒に公園に行って公園に落ちている枝や葉っぱを使って工作するというものでした。
また、保護者への情報発信ですが、オリエンテーションでは、前段に書いたような、子どものどのような能力を伸ばそうとしているのか、そのためにどのような活動をするか、具体的にどのようなカリキュラムなのか、何をしたのかを、先生がパワポを使って説明してくれます。パワポは写真と要点が文字でうまく配列され、デザイン的にも美しく、元パワポ職人(コンサルタント)からみても完成度が高いです。
5. 保育者のウェルビーイング
名門保育園の残念ポイントとしては保育時間が短く、かつ休みが多いことです。普段は15時で保育園は終わります。また、アメリカの祝日に追加して、先生の研修のための休みがあったり、各宗教のお休みがあったり、あとは前段に挙げた保護者参加イベントが月1ペースで設定されその日は半日で保育園が終わるなど、しょっちゅう休みがある印象です。
ただ、学校側から、休みが多くなっている背景として、先生のウェルビーイングが高い状態だと、子どもにも良い接し方ができるという話を聞き目から鱗でした。日本の保育園、保育士さんに対して、子どものために最大限サービスを提供してくれるのが当たり前と思っていた自分を反省しました。
翻って先生だけでなく親も同じだよな、ということを改めて考えさせられました。親のウェルビーイングが悪いと、要は健康でハッピーでないと、子どもに対して強くあたってしまうのは誰しも経験があることではないでしょうか。前の記事で書きましたが、アメリカの食事・お弁当は日本人から見ると手抜きに見えますし、ナニーさんを使って子育てしますが、逆にこれは日本人が育児・家事を頑張りすぎて、結果親のウェルビーイングが犠牲になっている場合も少なくないのではと考えを巡らせました。
6. 保育園の中の大統領選挙
この記事を書いている1週間後には大統領選挙があります。前回の大統領選挙ではマンハッタンのバイデン(民主党)への投票率は約85%と、マンハッタン地区に住んでいると、トランプとハリスが競っているというのは嘘のようです。なので「決戦は自分たちが住んでいる以外の場所で決まる」という冷めた人も少なくなく、大統領選挙キャンペーンのニュースを日本から見ていたのと比べると、大統領選挙って盛り上がってないなというのが当たり前ではありますが生活圏の中での感覚です。
ただ、保育園でも大統領選挙を感じることがありました。保育園では絵本コーナーがあり、大統領選挙の1か月ほど前からでしょうか、ハリスが表紙に出てくる本など、選挙関連の、そして民主党寄りの絵本が何冊も並ぶようになりました。教育現場における政治の扱いがセンシティブな日本からすると、ここまでストレートに政治が扱われていることに驚きを感じました。ちなみに、保育園においてあった関連の絵本は以下のものです。
『Kamala Harris: Rooted in Justice』
『Kamala and Maya’s Big Idea』
『Superheroes Are Everywhere』 Kamala Harris著
『Joey: The Story of Joe Biden』
『Democracy for Dinosaurs: A Guide for Young Citizens』
『I Voted: Making a Choice Makes a Difference』
7. エリート競争は保育園から始まっている
アメリカでは、Preschoolが3-4歳の2年間、Kindergartenが5歳の1年間、Elementary Schoolが6歳から、その後Middle school、High schoolがあるという教育システムになっていますが、良い大学にいくためには良いHigh school、良いHigh scholに行くためには、、、、、、良いPreschool!と、大都市圏ではこの苦しみの連鎖はPreschoolから始まっているようです。
娘が通う保育園も名門保育園ということで、良いKindergartenに行きやすいということを聞きました。ただ、もちろん名門保育園に通ってさえいればいいというわけではなく、同じ保育園に通う4歳児を持つ親は、良いKindergartenにいれるために24のKindergartenに願書を提出する予定で、出願対策のコンサルティングも活用するようです。。。ちょっとこのあたりは人から少し聞いただけなので、もう少しリサーチが必要ですが恐ろしい世界です。
と、驚きの連続なわけですが、後編では、なぜこの名門保育園がこのような驚きの仕組みになっているのか、保育園の歴史や教育哲学などの背景を深堀りしてみたいと考えていますので乞うご期待ください!
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