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茶酵令嬢双書ルリーアンジェ編☆第17note《『わたくしのお茶は飲めない、とでも?』~茶酵令嬢は世を”秘”する~》 

瞻煎(弐連) 抽出の頃合いは珪砂の流れるままに・・・と云う訳には。



「なんて美しい、のだろう」
ルリーアンジェは壁に吸い寄せられるようにその絵画に近寄った。

漆黒の空を駆ける美しい黄金の獣。 

その虹彩の瞳はまるでそこに在るかのように、真っすぐにこちらを見つめているかのような錯覚さえ覚える。
それは、とても印象的で、神秘的で、ある意味、煽情的で。
まるで真摯な黄金が彼女を射貫くかのようだった。

彼女は無意識の内に、その黄金の獣を撫でるかのようにそっと自分の手を伸ばし、触れようとした瞬間、耳に響いた声が彼女の理性を起こした。

「ここに居たのか?」
コツコツと靴音が鳴って近づいてきたのは、レイビオン卿その人だった。




「ルリーアンジェ嬢。少し話をしてもいいだろうか。」

絵画の瞳に魅入られたかのように思考が麻痺したかのような自分を覚醒できない感覚、それを掬い上げたのは、彼<レイビオン>の言葉だった。

「はい?」

彼が自分を心配そうに見つめながら言葉を紡ごうとしているのを察知して彼女は彼に向き合った。

「先日は、私の言葉が過ぎた。すまなかった。」

「いえ。大丈夫です。それに、私の通り名は確かに赤い薔薇、それも毒薔薇ですので。」

軽い会話にして流してしまおうと、無理に微笑もうとするけれど、上手く笑えない。
そんな彼女を彼はじいっと見つめていたが、ようやく思い切ったというかのように、口を開いた。

「ルリーアンジェ嬢。あなたは、決して、そんなものではない。」

「え?」

「と、私は思っている。それに、あなたが妹にしてくれたことを思えば、私は君に感謝をすべきだった。すまない。」

がっちりとした肢体のそれも身分の格上の彼が、ただの令嬢である自分に頭を下げて謝罪してくれことは、ルリーアンジェの胸に驚きと共に、爽快な心地よさをと共に温かな温もりを与えてくれるのが、彼女には嬉しかった。

「レイビオン卿。頭をお上げください。私の説明も中途半端でしたし。あなたの謝罪をお受けいたします。私のほうこそ感謝申し上げますわ。」

ルリーアンジェの言葉にレイビオン卿は頭を上げたが、まだ彼女の顔から目線を外さない。

「‥‥卿?」

なんだろう、なにか言いたげだ、と彼女は感じるが、レイビオン卿が何を言いたいのかは読めない。

「あの、この前の話の続き、ですよね?」

ルリーアンジェは、どうしたら上手く彼を話ができるだろうかと思う自分を覚えて、彼女自身が一番驚いていた。でも、無機質なだけの”交渉”という形ではなく、生きている人間(もの)同士の”交流”(ぬくもり)をもって彼と話すことはできないだろうかと、そう願ってしまう自分がいることを彼女は認めざるをえない、それほどの切なさを感じている。

でも、と胸が少し軋むような錯覚をも憶える。
どう考えてもあの父を納得させるには、対価を与えて更に次の欲を刺激する、この作戦しか思いつかない。
と同時に、彼女は、この場所にまだ留まりたいのがもはや自分自身の願いであることに変わりつつあることを、それは自分の我儘な欲であるのだと彼女自身を責めたくなっていた。
そして、この場所を、彼レイビオン卿を、もはや損得の勘定に組み込むことは自分にはできないのだと、自分はそうしたくないのだと、己の心が叫んでいるのを自覚し始めていたのだった。
だが、その気持ちがある故に、彼女は自分がもう万策尽きたのだという感が否めない。
今の彼女はあえて面倒な八方塞がりの状態に自分を置いてしまっているのだろうか、そう思うと彼女の口から大きなため息が漏れた。

「ふううう。」

「ルリーアンジェ嬢。」

レイビオン卿の声が耳に響き、彼女が彼の方にその瞳を向けると、彼のその真っすぐな視線が彼女を見つめていた。彼に瞳を向けながら、ルリーアンジェは彼の瞳の奥には何が見えるのだろう、とふとそんなことを思う。
そしてそのまま彼女から目を逸らさずに、レイビオンは言葉を紡ぎ始めた。



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