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茶酵令嬢双書ルリーアンジェ編☆第22note《『わたくしのお茶は飲めない、とでも?』~茶酵令嬢は世を”秘”する~》

疎煎(弐連)瞋恚に燃ゆるは・・・されど、よしなきことよ・・・


ああ、この花は茎が腹痛に効いて、花と葉は整腸作用の効能があったはず。
でも、煎じると臭いが強いから、あれをブレンドして飲みやすくしたらいいかしら?
えっと、それから、この草は~
自分の前に飾られている生け花たちの匂いをすうっと吸い込みながら、ルリーアンジェは無意識の内にそこに手を伸ばそうとしていた。

「ルリーアンジェ嬢。もうお食事はよろしいのですか?」

自分に向けられた男性の声が、彼女の意識を現実(こちら)に引き戻した。

「え?」
彼女は自分が今、どこに居るのかを思い出す。
あまりにも退屈すぎる虚しさを抱えて、けれどもその場所にずっと座っていなければならないという拷問のような時間に、私はあとどのくらい耐えれるかしらね、と自嘲気味な笑いが込み上げる。
ああ、部屋に籠って、新しい薬草茶のブレンドを試してみたいし、商会の仕事も、ジルからのギルドの報告書にも目を通したいのに。

「あなたが明日の王宮での舞踏会にいらっしゃるとは、なんとも楽しみなことです。明日はぜひ、私の~」

ああ、この人の話はあとどのくらい続くのかしら?いいえ、いったい私はいつここから解放されるのだろうか。

あの不条理な夜会の夜以降、父であるアンゲフォース伯爵は、私を社交界の面々に紹介し始めた。
それも、アンゲフォースの『真っ赤な毒薔薇』としての私ではない私として。
そう、アンゲフォースの”秘”されていた『救癒』の令嬢~本物のルリーアンジェとして。
今となっては可哀想なことに、『真っ赤な毒薔薇』は、生まれた時から病弱で運気の弱い本物の令嬢の厄を背負う為に、伯爵家に養われていただけの紛い物だったのだと周知され、役目を終えた彼女はマラーケッシュの地を離れ遠い異国に旅立ったのだと。

子どもでも信じないようなそんな作り話を社交界に広めるようと奮闘する父の姿は冷静な人間から見れば滑稽でもあったが、《マラーケッシュのアンゲフォース》にならば、奇天烈な何があったとしてもおかしくはないだろう、と公国の貴族たちが妙に納得する姿もまた見ものではあった。

「なぜ、突然こんなことを?」とルリーアンジェは父であるアンゲフォース伯爵に問うた。だが、彼女が何度尋ねようと、父の答えはいつも同じだった。
「アンゲフォースの当主である私がすることに、お前などが口をはさむな」
ただそういうばかりで、全く何の説明もない。

「そんなことより、今後お前はこの父の娘として、この伯爵家の大切な令嬢として装うように。あの真っ赤なドレスは処分してしまうがいい。」

何故、こんなにも突然、アンゲフォースの茶会の令嬢はヴェールを脱ぐ事になったのだろうかと、ルリーアンジェはどれほど考えても答えを見つけることができない。
突然お役御免になった『真っ赤な毒薔薇』についてはなんだか不可思議な感が否めなかったが、それよりもルリーアンジェにとっては、もうあの赤い下品なドレスを纏って作り笑いをこしらえなくていよいのだということは大いなる解放だった。

「今日はお招きありがとうございました。」

ああ、やっと最後の食後のお茶までこぎつけた、もうすぐこの果てしなく退屈な彼から、意味のない社交辞令が飛び交うだけのこの時間から解放されるのだという安堵から彼女の唇からは溜息が洩れる。

明日の舞踏会かとうんざりする想いを上手に包み隠して、ルリーアンジェは目の前の男性にゆっくりと微笑みかける、が、その心の内には、もやりとした想いが渦巻いたままだ。

しかしながら父のこの変わりようはいったいなんなのだろう。
利用価値と付加価値が高いのだと自慢げにほくそ笑みながら、あんなに『救癒』の令嬢を”秘”したがっていたのに。
いったいあの人は、何を企んでいるのだろうか。

ルリーアンジェは父の考えが読めなかった。
父のこれにはどういう方向性が示唆されているのだろうかと、答えが見つからない故に余計そこに苛立ちと不安を隠せない自分がいる。
おとうさまへの対応は難しい。これから先の計画がどう変わっていくのかを慎重に見極めて動かなければ。



光の雫が連なったかのようにクリスタルがかすかに揺れながら、シャンデリアの光は艶やかに大広間を照らしている。
優雅に着飾った紳士、淑女たちがたわいのない会話の波の中を泳いでいる。

「アンゲフォース伯爵令嬢・ルリーアンジェ・ステラクス・アンゲフォース 様のご入場です。」

大扉が開かれ彼女の名が告げられると、舞踏会会場である大広間にはどよめきとざわめきが広がっていった。
そして会場の人々の視線がいっせいにこちらに向けられるのをひしと感じながら、ルリーアンジェは大広間へと続く大階段をゆっくりと、一段一段ゆっくりと降り始めた。


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第1note~第21noteまでのリンクを載せています。⇓   ⇓    ⇓

#創作大賞2024 #ファンタジー小説部門

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