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異国の夜市と迷子のはなし

ホイアンの夜の写真を撮っていたら、とつぜん、「日本人ですか?」と声をかけられた。

ひとり旅をしていると、こんなふうに声をかけられるのは決して珍しいことじゃない。服装や仕草を見れば、声をかける前から日本人であることはお互いにピンとくるし、ひとり旅同士であれば、母国語での会話がちょっぴり恋しくなるときがある。

ただ、このとき普段と違うものを感じたのは、間髪入れず「いっしょに夜市を回りませんか?」と聞かれたからだ。

え、なんで急に。

客引き?ぼったくり?でも日本人がわざわざベトナムまできて?いったいなんなんだろう。頭の中で、推測をめぐらせる。ろくに話をする前から何かに誘ってくる人はたいてい何か良からぬことを企んでいる人だ、というのが私の見解なので、この相手もろくなやつじゃなかろう、と直感的に思った。

「はい」とも「いいえ」とも言わず、初めて私はカメラから目を離し、相手の顔をちゃんと見た。

目の前にいたのは、20代そこそこの、若い日本人男性だった。おそらく学生だろう。客引きにも、ぼったくりにも見えなかった。

「写真、撮ってるんですか?」立て続けにくる質問に頭がついていかず、「はぁ」としか答えられなかった。

さくっと写真を撮って、夜市で明日着るワンピースだけ買ったら、さっさと宿に帰るつもりでいた。疲れていたし、写真のレタッチも溜まってる。そうだ、noteの更新もしなきゃ。そんな心づもりでいたのに、なんだか厄介なことに巻き込まれてる気がする。

とはいえ、悪い人にも見えない。ワンピースを買ってタクシー乗り場へ戻る道すがらしゃべるくらいなら、害はなさそう。気は抜けないけど。いったんそう結論づけ、しばらくいっしょに歩くことにした。

「なんでいきなり声かけてきたんですか?」率直に聞いてみることにした。いくら日本人同士でも、ろくに挨拶もしないまま「いっしょに回りませんか?」なんて不思議すぎる。

「・・・友達とはぐれちゃって!!」

「え」

「レンタルしてるWi-Fiルーターもそいつがもってて、俺、どうしようもなくて」

「え?」

やっと、食い気味な「一緒にまわりませんか」の真意を把握した。彼は異国の夜市で、ほんとにひとりぼっちだったのだ。キャッチ並みに軽いノリで声をかけられたけども、内心不安だったのだろう。

しかも話を聞いていると、ベトナムが初めての海外だとのことだった。

初海外で、夜で、迷子。なんて不運な取り合わせ。

それでもまだ、私の心の2割くらいは彼を疑っていた。友達とふざけて、ドッキリ的な遊びをしてるのかもしれない。相手は男性だし、いざとなったら逃げれる距離にいよう。

「写真撮ってたってことは、インスタやってるんすか」

「うーん、そんなに」

「フェイスブックは?」

「上司にフォローされてからはぱったりですね」

「社会人すか?」

「そうです」

悪気はなかったんだけど、どこまで信用していいかわからなかったのでいくつか嘘をついてしまった。

私のペースでワンピースを物色したり、値下げ交渉をしたりしてるあいだも、彼は近くにいた。

屋台のお姉さんがぜんぜん値下げしてくれないので「もういいよ」と言って帰ろうとすると、「オーケー!ファイナルプライス!」と声をかけられた。アジアでよくあるパターンだ。

手頃な値段で買えてほっとしていると、迷子の彼は目をキラキラさせていた。

「俺、値下げしてるとこ初めて見ました!やっぱちゃんとああいうの(帰る素ぶりを見せること)するんすね・・・!!」

どうやらほんとにこの人、悪意があってついてきてる訳ではなさそうだ。

それからタクシー乗り場まで、しばらくいっしょに歩いた。ベトナムへは先輩の誘いでツアーで来ていること。大学の4年生で、社会に出る前にとつぜん海外に行ってみたくなったこと。観光メインではなくスタディツアーなので、戦争関連の施設や高校などをまわってきたこと。今日迷子になるまでは、ツアーをとても楽しんでいたということ。

その無邪気なフレッシュさに、なんだか遠い過去の自分を見るようでちょっと感傷的な気持ちになった。

「で、はぐれた友達は大丈夫なんですか?ホテル帰れます?」タクシー乗り場の近くまで来たので尋ねると、「ここまで来れば大丈夫っす!帰れます!」と元気な返事がかえってきた。

そこで安心して私はタクシーに乗り、ひとりホテルへと帰った・・・のだけども今更ちょびっと不安になっている。

彼は無事ホテルへたどりつけただろうか。スマホも持ってなかったようだし。私はGoogleマップも使えたのだし、せめて彼のホテルまで送ってあげればよかった。それか、タクシー代くらい渡せばよかった(こちらのタクシーは100円くらいで帰れるし)。終始ハツラツとしていたけれど、もしかしてあれは不安の裏返しだったのでは?という気になってきている。

振り返ってみると、しばらく悪人と疑ったうえ邪険な態度をとり、名前すら名乗らなかった。ずいぶんと失礼なことをしてしまった気がする。ごめんね、疑って。ごめんね、気が利かなくて。

今の私が旅好きなのは、学生のころ、旅先で出会った年上の人たちにずいぶんと優しくしてもらったからだ。回り終えた国のガイドブックをくれた人。一緒に観光してくれた人。お金に余裕がなく、ジャムをなめて食事がわりにしていた私に、おいしいものをご馳走してくれた人。今の私はもうすっかり、その「先輩たち」の立場なはずなのに。なんとも申し訳ないことをした。

どうか迷子の経験にめげず、残りのツアーを楽しんでほしい。




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