書いて伝える、書かずに守る
牧村朝子です。
文筆家です。
今は、日本全国の男装文化・歴史についての取材旅行、名付けて「みちのく男装旅」の途中です。
ここ一週間、800kmほど移動してきました。
糸魚川、新潟古町、鶴岡、秋田川反、大鰐温泉、弘前、浅虫温泉、三沢、盛岡、花巻温泉。
はい。温泉、好きです。
温泉に入るのも好きなんですけど。
温泉に積もる歴史を拾うのが好きなんです。
温泉地って、何百年も続く旅館があるでしょ。で、そこの土地で人の行き来をずっと見てきた人たちがいるでしょ。そこに来る人もまた、どこかから逃避行の途中だったりするでしょ。だから、お話を伺うとね、語り伝えられてはいるけれども書き伝えられてはいない人の話が出てくるんですよ。絶対インターネットに載ってないような、お役所の「なんとか市史」みたいなオモテの歴史にも載らないような、政治家でもない、文人でもない、けれど、そこに確かに生きていた人の話が。
「最近はLGBTとか流行りですからね」
男装について取材しています、って言うと、そんな風に反応されることがあります。
「そういう人も増えましたよねえ」
「海外の影響ですかね」
だけど……LGBT、つまり、もともと欧米のキリスト教的価値観があり、「神様がアダムとイブを作ったんだ」「生殖を目的としない性行為はソドムの罪だ」と心から信じている人たちの社会があり、罪だ、異常だ、病気だと追い立てられた人たちがいて、その人たちが「違う。私たちは異常者でも犯罪者でもない、私たちはGayなんだ」と立ち上がった、そんな社会運動の、その外側にだって、人々はそれぞれに生きてきたわけで。
取材の過程で、そうした人々の生きた足跡をたくさん見つけました。
たとえば……大正時代。貧しさゆえに身売りされ、旅芸人に見込まれて、道中危険がないように、男を装い生きた人。その人は道中、男装のまま病に倒れてしまいますが、看病してくれた看護婦さんと恋に落ち、ふたりで暮らしをはじめています。
それから……昭和時代。印刷屋さんの奥の奥、男の服を身にまとい、コツコツ活版組み立てて、インクにまみれて生きた人。「〇〇印刷」とか「〇〇商店」とか、自分で商売やってた人たちの中にも、かなり男装で生きた人たちが見つかるのね。それは多分「主人としてナメられないように」という意味合いもあっただろうし、「雇われずに自分で商売をすればしたい格好でしたいようにできるから」っていうのもあっただろうし。
ざっと見ていくと、攻撃型男装と防御型男装があるなと思っていて。
攻撃型男装……医学、飛行機操縦、スポーツ、女人禁制の場所など、男性のものだとされていた領域に、女性とされて生まれた人、男性としては扱ってもらえない人が入るための装い。
防御型男装……戦争敗戦時、満州からの帰還時など、世が乱れた時に、女性だからと襲われることがないようにするための装い。
こういう男装はやっぱり、LGBTの社会運動が提唱してきた「生まれつき説」、つまり「人口の何%はそういう風に生まれつくんですよ」「生まれつきで変えられないから差別しちゃダメですよ」というストーリーには組み込むべきではないものだよなあと思って、一人一人を記録しています。
女に生まれただけで、嫁がされる、身売りされる、「そのようにしか生きられない」流れの中を「それでもこのように生きたい」と必死に泳いだ人たちの歴史が、男装の歴史なんじゃないかなあって。
「このように生まれたのです(Born this way)」がLGBT史の方向性だとしたら、「このように生きたいのです」が男装史なんじゃないかなあ、って。今のところ思っています。まだ、東北地方しか取材してないから、これから取材を進めたらもっと別の見方を見つけるかもしれないけど。
2013年〜2017年ごろまで、わたしはずっと、「書いて伝える」仕事にプライドを持ってきました。書かなければなかったことにされてしまうものごとを、きちんと言葉にして伝えるのが自分の仕事だと思っていました。
でもなんか、……何がきっかけだったかな、カナダのLGBT活動家にすごい無邪気に「coming-outのことは日本語でもカミングアウトって言うのかい? カミング〜アウト〜! HAHAHA!」って笑われたり、アメリカのLGBT活動家に「このウエストハリウッドの街はLGBTでも豊かで健康でまともな人たちが生きているんだという見本の街なんだ。実例を示せればみんな安心する。君たちの日本でも社会的影響力のある人のカミングアウトが増えるといいね、応援するよ」って言われたり、日本の学生さんたちが一生懸命英語圏のジェンダー・セクシュアリティ論文を読んでは「日本は遅れてる論」とか「ノンケは恵まれてる論」で共感しあう排他的LGBTサークルを形成していく様子を見たり、していくのを見てて、なんかもう、あー、もう、あー、
明治初期か!!!!!!!!!!!!!!!!!
ってことで今はもう、「みんなカミングアウトしないからちゃんと書いて伝えなくちゃ私たちLGBTがいなかったことにされてしまう」みたいな考え方というより、「その“私たち”って誰のことだよ? 日本は遅れてるの、海外は進んでるのって、その“日本”を本当に自分は知ってるのかよ?」という疑問を持って、一歩一歩歩き回ることにしています。
調べていく過程でやっぱり、書かずに守るべきじゃないかと思えることもいっぱい出てくるんですよね。「あの人は実は男装だったんですよ」みたいなことを書くの、ほんと、死者の墓を暴くような罪悪感に見舞われることがある。
「書いて伝える」と「書かずに守る」のはざまで、みちのく男装旅、続けていきたいと思います。
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