京都SM官能小説 『縄宵小路』 第11回
第二章「奇縁」其の一
高筒庵で働くようになって一年あまりが経とうとしている。その間には高辻からは様々な調教を施され、家政婦の仕事でも慌ただしい日々を過ごしていた。高筒庵は高辻家の面々が利用するだけでなく、時には重要なお客様を招くための迎賓館の様な役割も果たしている。そのため家政婦といっても仕事の内容はさながら高級旅館の従業員のようなイメージだった。覚えなければならない仕事も盛りだくさんで、緊張することも多かったが、高辻家や同僚の皆さんはとても親切で優しくいつも救われていた。
ありがたいことに高筒庵には従業員用の宿舎が用意されている。住み込み用の宿舎は高筒庵に隣接した敷地に立つ共同住宅だった。以前は京都の有名企業の社宅だった建物を高辻家が買い取ったものだという。外観は無機質で少し古めだったが、お部屋の中はリフォームしたばかりで清潔感があり、幼い娘と二人で暮らすには十分な広さと設備だった。
お仕事中は娘を高辻家が経営する保育施設に預けることができた。まだとても幼いので、終日預けるのは可哀想だったが、これはどこにいても同じことなので仕方ないと諦めた。それでも自転車で程ない距離だったので、何かあれば日中でも駆けつけることができるのはとても安心で有り難かった。
ところで私が高辻に雇われ、高筒庵で家政婦として働くようになった経緯はこうだ。専業主婦として都内で暮らしていた三年前の春、私は偶然出会った
若い男性と恋に落ち不倫関係になった。
それまでは大手企業に務める夫と二人の高校生の娘と人並みに暮らしていた。人から見れば羨む様な暮らしだったようにも思うが、自分でも気づかないうちに、見えない不満を溜め込んでいたのかもしれない。夫とは娘達が生まれてまもなくの頃からセックスレスになっていた。
私はその男性に夢中になり、盲目的に私から身体を求めるようになった。関係が続いていたある日、妊娠したことがわかった。それまで不貞などしたことがなかった私は要領も良くなかったのだろう、悪いことに私の行動を不審に思った夫に興信所をつけられて、呆気なく不倫と妊娠が発覚してしまった。夫からは問答無用に離婚を突きつけられ、事実を知った年頃の娘たちは私を酷く軽蔑した。厳格な両親は過ちを許すことが出来ず、私を離縁した。完全な絶望だった。そんなときお腹の子供だけが私の生きる希望に思えた。少しばかりの自分名義の貯金を頼りに、追い払われるように家を去った。働けるうちに少しでもお金を貯めたいと思いアルバイトを探した。大学を卒業してすぐに専業主婦になった職業経験のない四十路の私を雇い入れてくれる先は無かった。折しも当時はコロナ禍で社会全体が閉塞していた。生まれてくる子供と生きるためと思い、ビルのトイレ清掃など受け入れてもらえる仕事は全て拒まなかった。もちろん頭には過ったが、妊娠しているので風俗だけは避けた。疲労で酷く体調を崩したりもしたがなんとか、無事に出産することができた。生まれてきた娘の顔を見て、この子が私の唯一の幸せと思うと涙が止まらなかった。
つづく
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