京都SM官能小説 『縄宵小路』 第17回
第三章「調(しらべ)」其の五
私の話の合間には、話題が逸れない程度に高辻自身の話もしてくれた。以前彼が東京で住んでいた家は偶然にも私の実家からとても近かったこと、誕生日が一日違いだったことなど偶然も重なって少し親近感が湧いた。とは言うものの目の前にいる高辻は私の雇い主であり、京都でも屈指の経営者である。昼間からのお酒で少しほろ酔い気分だったが、礼儀やお作法で失礼がないように最大限に気を遣った。
それと一つ気になっていた高辻と青山さんとの関係については、私と青山さんの関係を聞かれるとなんとなく気まずいと思い話題にしないようにした。
コースの最後にデザートとコーヒーが運ばれてきた。抹茶が様々な形でアレンジされた目にも鮮やかなグリーンのデザートプレートだった。最初から最後まで五感で楽しむことができるとても素敵なランチだった。
デザートをいただいた後、お化粧を直しにお手洗いに立った。手洗いボールの前の鏡を見ながら丁寧にリップを直す。お酒と楽しい会話で高揚していたからか、頬やデコルテのあたりがほんのりと紅くなっていた。私はお酒を飲んだり、恥ずかしかったりするとすぐに紅くなってしまう。若い頃はそれを可愛いと言われることもあったが、この年になるとただ単に体や心が反応していることがわかってしまうだけで損だと思うようになった。
席に戻るとおそらくチェックを済ませたのだろう、お礼に来たシェフと高辻が談笑していた。シェフに食事の感想を聞かれたので、とても素敵なランチだったと笑顔で答えた。
「美しいマダムに喜んでもらえて何よりですわぁ」
そんなお世辞を残して厨房に戻っていった。
「酔い覚ましに車まで散歩しよう」
「えっ?車ですか?」
「そうだよ・・あぁ、お酒か・・運転手がいるからね」
(そうだ・・彼とは住む世界が違うんだった・・)
そんなことを考えながら席を立ち出口まで高辻の後ろに続いた。お店を出るとシェフとソムリエ以外の従業員も総出で見送られた。高辻は軽く左手を挙げ、私は丁寧にお辞儀をして車へ向かった。
デザートあたりから仕事の話を何もしていなかったことに気づいていたが、高辻にも考えがあるのだろうと思い自分から何か言うのは止めにした。
「小学校の頃にね、このあたりで鬼ごっこして走り回ってたんだよ
ここはオトナの道やから走ったらあかんでー、ってよく怒られてね」
有名な石塀小路の緩やかな坂を登りながら高辻が懐かしむ。
「高辻さま・・いえ、高辻さんも元気なお子さんだったんですね」
「優里香さんはどんな子供だったのかな?」
高辻はまったく強引さがないのに距離を縮めるのがとても上手だった。この日はランチの早い段階で「白石さん」が「優里香さん」に変わった。
「私は・・読書ばかりしていて・・とってもおとなしい子供でした」
「へー、それは意外だな・・
今日は僕に喋る隙を与えないくらい話していたのに・・」
「もー、今日は高辻さんが私に喋らせたんですよっ!」
私が少し頬を膨らすと彼はゆっくりと歩きながら声を上げて笑った。私はほんの少しだけ高辻との距離を縮めて歩いた。
高台寺に接するねねの道に出ると、少し先の広い駐車場に一際目立つ白い車が見えてきた。その脇には笑顔でこちらに向かってお辞儀をする運転手さんらしき人もいる。近づくとやはり高辻の車のようで、運転手さんは初めて高筒庵にきた時にも送迎してくれた運転手の廣瀬さんだった。車は三又の槍のようなエンブレムのついた白いスポーツカーだった。たしかイタリアの高級車だと聞いたことがある。廣瀬さんが後部座席のドアを開けると高辻は慣れた動作で座席に着いた。車内に乗り込むと心地よいジャズのBGMが流れ、高辻の香水と似たような良い香りがした。オフホワイトのレザーで包まれた室内は、まるで自分がエルメスの高級バッグの中に入ってしまったような感覚になる。初めて体験する贅沢な空間だった。
「仕事のことは離れで話そう」
高辻がそう言うと車がゆっくりと発車した。
つづく
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