京都SM官能小説 『縄宵小路』 第20回
第三章「調(しらべ)」其の八
白い手提げには小さくて上品な文字で「 P R I M A 」と書かれていた。
高辻の動きが一瞬止まる。一度手に取った手提げを徐にテーブルに戻すと確かめるような眼差しで私の目を見つめた。
「いや、指示に従うだけでは面白くない、
優里香さんもつまらないだろう?」
高辻はそう言うとテーブルの上の手提げを軽く押して私の手前に寄せた。
「え……あの……これは?……」
「その中に入っているものを身につけてもらいたい」
高辻の言葉は単刀直入だったが、何のことかは理解できなかった。
「身に着ける・・・のですか?」
「そうだ、その中に入っているものを身につけるんだよ」
「……あの……それはご指示……でしょうか……」
私は袋の中身が何かも確認しないままそう答えた。
「どうするかは優里香さんの意思次第だ」
「では、僕は少し席を外すから、その間に身につけるといい」
高辻はそう言うとソファから立ち上がり、広いリビングの入ってきたドアとは別のドアから部屋の外へ出て行った。
私は慌てて紙袋の中身を確認する。中にはやはり上質な紙でできた白い箱が入っていた。そっと取り出し箱をあける。箱に入っていた白い薄紙で包まれた何かを取り出しラッピングを広げた。中身を見た瞬間、私は目を疑った。
中に入っていたのは、眩しいほどに美しい純白のランジェリーだった。周囲に綺麗なレースがあしらわれたシルクのブラジャーとおそらく同じデザインであろうパンティーがあった。パンティーはかなり面積が小さなもののようだった。少しの間、目の前の下着を見つめて私は呆然としていた。恐る恐る手に取ってみると、どちらもとても手触りが滑らかで繊細な光沢があり高級な品物なのがよくわかった。
(……まさか……これを……)
頭の中でいろいろな思考が錯綜した。とてもこの状況をすぐに咀嚼することはできなかった。下着を着けるだけでよいのか、下着姿を見せるのか、それとも……。気が付けば私の思考はすっかり混乱していた。
ただ、不思議なことにその非現実的な指示に対して激しい驚きや恥ずかしさはあったものの、なぜか高辻に嫌悪感を感じることはなかった。
「優里香さん」
突然高辻に名前を呼ばれて私は飛び上がるほど驚いた。あれこれと考えを巡らせている間にそれなりの時間が過ぎてしまっていたようだった。
「は、はい」
私は思わずそれがまるで自分が身につけていたものであるかのように、急いでテーブルの上の下着を掴むと、腕と胸で隠すように抱えてながら、上擦った声で返事をした。
「あ・・・あの・・・」
私はどう答えていいのかわからず、ただ何か言わなければと思い必死に言葉を探した。高辻は私の焦りを見透かすようにソファに向かってゆっくりと進み腰を下ろした。
「優里香さん」
高辻は諭すような口調でもう一度私の名前を読んだ。
「は…はい……」
私はこれから先生に叱られる小学生のように少し俯きながら返事をした。
「まだ着ていないようだね」
高辻は穏やかな口調で尋ねるように言った。
「も、申し訳ありません」
「申し訳ない?……それは、着ないという答えかな?」
「あの……いえ……いろいろと……あの……考えてしまったもので……」
抱えている純白のランジェリーに目をやりながらしどろもどろに答えた。
「何を考えていたのかな?」
高辻は穏やかな口調で質問を続ける。
「それは……あの……なんだか……あの……驚いてしまって……」
「驚いて、それからどう思った?」
「それから……はずかしい……と……それと……」
「それと?」
「それと……どうして……下着……なのかな……と……」
「どうして?」
高辻はまたも私の言葉を繰り返す。私は恥ずかしさで顔が上気するのを感じながら、さらに続けた。
「あの……袋の中のものを着けるようにとだけしか……仰らなかったので……」
高辻は私の言葉を聞いて少し驚いたような顔をするがすぐに穏やかな表情に戻った。そしてゆっくりと口を開いた。
「どうして、の答えは……」
一瞬彼の言葉が途絶えたがすぐに続けた。
「優里香さんのことをもっと知るためだよ」
私はその言葉を聞いて、ぼんやりとだが何かを覚悟した。
今日の仕事は高辻が私を知ること……そう言われたがその続きがこれから行われることを悟った。ただそれが想像の範囲に収まるものなのかは全くわからなかった。
「そのランジェリーを着けるのは指示ではない。どうする?」
高辻ははっきりとした口調で私の意思を確認した。立場の違いを考えれば暗に強要にもなり得るような気もしたが、なぜか彼の言葉にはそのような下心が微塵も感じられなかった。
「・・・でも・・・」
気づけば私は目の前のランジェリーを着けている自分を想像し始めていた。
私の言葉が終わらぬ内に高辻が続ける。
「はずかしいと感じたということは、そのランジェリーを着ることを想像した……違うかな?」
考えが全て見透かされ、少しずつ逃げ場を取り除かれているようだった。
「はい・・・想像してしまいました」
高辻はワインを一口飲んでから続ける。
「優里香さん、僕はいま君に何も強要はしない」
「・・・はい・・・」
確かにそうだった。この下着を身につけるかどうかの判断は私に委ねられているのだ。しかしそれは裏を返せば自分の意思で身につけることを選択することになるのだ。そう考えるとまた頭の中が真っ白になっていくような気がした。
「優里香さん、これは指示ではない」
「・・はい・・」
高辻が繰り返し、私はどう答えていいのかわからずただ小さく返事をした。一方心の中ではランジェリーを着けるだけではない妄想が始まっていた。同時に下半身が疼くような感覚を覚えた。その感覚を消し去ろうとしたが、もう無理だった。
「君はどうしたい?」
高辻は私の目を見つめながら諭すように尋ねた。その言葉には指示ではないはずなのに私の意思が誘導されているような錯覚に陥る。逃げ場が全て無くなったように感じた。私は観念し、そして答えた。
「・・その下着を・・身につけたい・・です」
つづく