セックスが教えてくれたこと。

セクシャリティ解放専門
心理カウンセラー 由理順子(ジュンコ)です。

今日は、メルマガ限定で配信していた記事のリライトになります。

そのうち非公開にさせていただくと思いますので、よろしければご覧ください。

私のセクシャリティやら、
ヒーリングのルーツになったお話しですが、今まで表では一度も話したことない話です。



私は過去に何人かお身体が不自由な方といたしたことがあります。

下半身付随の男性といたしたことがあるんですが、その方は、若いとき事故に遭われて一度も女性といたせぬまま、今に至ると当時おっしゃっていました。 

その当時セックスの良さも知らない私でしたが、何故か、悲しいような複雑な気分になったことは覚えています。

正式には、最後まで貫通したわけではないですが、

貫通してないのに
初めて恋人とするときみたいに思考錯誤し、緊張したことを覚えています。


この男性がこれ以上裸になることで、傷つきませんように。


そんな思いを持ったまま触れていたように思います。

想いは触れ方に表れる。

これは今も私が誰かに性的なことや、身体に触れることを教えるときに、必ずお伝えすることです。

想いを、肌で伝える。
肌で、想いを受け取り合う。

刺激的な快楽よりも
私が最も幸せを感じることです。

マッサージや性的な技術を教える際に、
私が最初にお伝えするのは、
心と身体をリセットし、筒になること。

そして
目の前の人の癒しに関われること
目の前の人素晴らしさと、
美しさを見せてもらえることへの感謝。

この思いを込めて、深呼吸し、
触れます。

そうすると、
私の手が溶けてなくなるような
目の前の人と混ざり合うような

月並みな言い方なんですけど、
ひとつになるような
溶け合うような感覚がやってきます。

触れるだけでも感じられる
あの至福の感覚。

いかせたいとか

喜ばせたいとか
癒したいとか
助けたいとか

愛して欲しいとか
愛されたいとか

想いは肌に表れてしまう。

だから、私は何にも考えないことに、集中しています。


例の車椅子の彼は私の長いお客様だったんですね。

その人は私が風呂嬢になるまで
ずーっと指名してくれていたお客様です。

その人のおかげで
私はそのお店でずっとナンバーワンで居られました。

また、そう言った仕事をする中で、接客とは、心まで満足していただくにはどうしたらいいのか、などを考えるきっかけをくれたお客様です。

そして、このような経緯があり、私はもっとそのような業種を極めたいと思うようになり、大人の風呂屋転向することになりました。

しかし、私が大人の風呂屋に店を変わることになり、彼とはそれ以降会うことは無理になりました。  

エレベーターもなく、バリアフリーでもないそのお店では、私一人の力では無理ですから。

うちの店に入れてあげたいねん、って社長に聞いたんですが

ウチはバリアフリーちゃうから無理やし、その方のためにスタッフが必要になったり、

万が一何か起こったら責任が取れないから、と断られてしまいました。

社長に聞いたけど
やっぱり無理やったとメールしたら、

そんなんええねん。
身体に気をつけて頑張ってな。

ともかちゃん(源氏名)は
天使みたいな子やと思ってた。

こんな俺に優しくしてくれてありがとう。
幸せになってな!

最後にこのような内容メッセージをもらいました。



私の肉体には
もしかしたら、色々や人の悲しみや
辛さとか、やりきれなさとか。

そう言ったものが沢山入っていたから、苦しんだこともあるかも知れませんが

それ以上に、
私を可愛いね、と大切に思って
大切に触れてくれた

愛しいという思いも同じぐらい入っているのかも知れません。



誰かに優しく触れられ、
愛を受け取ったら
今度はまた同じように誰かを愛したくなる。

セックスは、そう言う理屈抜きの愛に触れる行為でもありますし、

ただ触れただけなのに、
さっきまでの悲しみが嘘みたいに晴れたり
ほんとうにヒーリングになります。



私は、
そう言うセックスを、愛し合う人たちのためにお伝えしたいと思っています。

私のヒーラーとしてのはじまりや
性に関する大事な思いを教えてくれたのは

意味不明な悪意のある
ネット記事でもなければ

キラキラやたら性を神聖化して
現実逃避のファンタジーなメディアでもなく


いつだって、目の前のたった一人の人です。

たった一人の人でいいんですよ。


むしろ、
たった一人にすら向き合えない人は
これから先も永遠に誰とも向き合えないんじゃないかと思います。

見る、触れる、感じる。

大切な時間は、
あなたのの目の前の人からしか
受け取れないものです。

目の前の人と向き合えず、
性と言う快楽を逃げにつかうと
きっと痛み止めにはなっても

悲しみはまた消えることなく、増え続けてしまう。


だからこそ
今、あなたが何を感じるか

それを大切にして欲しいなあって思うんですよね。

痛みや悲しみは、感じることで完了していきます。

残念ですが消えるわけではありません。

私も訳あって過去に飛び降りじ さつをし、その彼と同じように車椅子の生活をしていたことがあります。


追い詰められた過去、自分がやらかした罪の意識、それらが無くなることもないでしょう。


飛び降りたときの手術痕、何かを誤魔化すように入れた刺青、それらを見て逃げ出した人もいましたし、

うちがお金さえあれば、
あんたはあんな仕事せんで済んだのに、と泣いた母の顔。

下半身に障害が残りながらも
もはや表社会では生きる方法が見つからかなった私が唯一生き延びれた風俗という世界。


できれば全て忘れたいけれど
それらを抱えて生きていくしかないと決意したとき、絶望したこと。

生きるとはそう言う消えない傷を抱えていくものなんだと思います。

それでも、悲しみや苦しみを抱えていたとしても
それを共に感じてくれる人がいるだけで

また、生きていけそうな気がする。

そんな思いが湧いてきたりするものです。


私たちの命も肉体も永遠ではありません。

今愛しい人を当たり前に触れられることが、奇跡なのかも知れません。

大袈裟ですが、
生きる喜びって、もしかすると
こんな思いを感じられることなのかな、って最近思います。

そして、そう言う喜びに触れることができたならば、きっと

自分の人生を少しだけ肯定できるのではないでしょうか。

あなたも喜びを感じながら生きて欲しいです。
こちらで、そんなお話ししてみようと思います。

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